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[2003.9.16]
今回のラオスツアーは、アジアとしてはインド・パキスタン、カンボジアに次いで通算三度目のアジアツアーとなる(インド・パキスタン旅行記参照)。さすがに三度目ともなるとかなり鷹揚にかまえられるようになり、出発前日までゴルフなどしたりして余裕のタダセイであった。
今回のツアーは計六日間、公演は計二回。かなりゆったりした日程と思っていたのだが、実際にはラオス直行便がないのでバンコク経由となり、バンコク泊や機中泊もあることが直前になってわかった。しかもほとんど未知の国とあって、前夜は結構不安がつのりなかなか寝付けなかった。だが当日の便は夕方18:30の便ということもあり、余裕を持ってパッキング・準備ができた。
前回の失敗を受け、当地でのモバイルは断念(愛機PowerBook2400cが昇天したこともあるが...)。実際、首都ビエンチャンのインフラはお世辞にもいいとは言えないらしい。そのかわり、今回のツアーを機に海外専用携帯端末(Vodafone)を購入した。モトローラ一機種しかないのだが、端末自体は5000円弱で購入でき、しかも月々の基本料金も540円と格安なこともあって、決断した。ラオスは本来通話対象地域ではないのだが、首都ビエンチャンに滞在するかぎり通じる可能性があるという情報を聞き(首都はメコン川沿いに広がり、メコン川をはさむとタイになるため)それに賭けてみたのだ。
さて当日、金澤氏のベースアンプを預かっているため今回は初めて車で成田空港へ向かう。途中、酒々井SAで金澤氏と待ち合わせ、15:30ごろ空港到着。機材をスタッフに、車は駐車サービスの人に預けてチェックインへ。まだまだ出発まで時間があるためドルに両替したり本を買ったりしながら時間をつぶす。前回の失敗をふまえ(そんなんばっかり)デジタルビデオのテープと乾電池は事前に余分に購入しておいた。こういったAV関連のものはアジア地域ではべらぼーに高いし入手しにくいのだ。
16:00すぎに全員そろう。今回のスタッフは、メンバー五人にマネージャー田渕氏、音響の菊地氏&上田氏、照明の岩本氏、舞台監督の宇佐美氏(ただしバンコクで合流)、コーディネーターの上村女史の総勢11名。上村女史以外は不動のメンバーであり、アジアでは苦労をともにした仲だ。信頼度No.1の彼らがいるからこそ我々は演奏だけに集中できるわけで、本当にありがたい。
18:30に予定通り出発。エコノミークラスとはいえANAは快適。五時間半あまりの飛行時間もあまり苦にならず、お酒を飲んだり自慢のiPodで音楽を聞きながら読書をしたりして過ごすうちにバンコク到着。彼の地は日本との時差二時間。現地時間22:30着ということは日本時間の24:30。時間が逆戻りした感じになり不思議な感覚だ。今回はバンコクはトランジットのみなのだが、夜遅いこともあり市中泊。空港にほど近いMiracle Grand Hotelにチェックインする。夜遅いが日野さんはじめ全員レストランに三々五々集まり軽い食事とワインなどをいただきつつ健闘を誓い合う。さっそくVodafoneの威力を確かめるため、日本は真夜中なのにもかかわらず何本か電話をしてみるタダセイだった。結果、まるで日本で話しているように違和感なく通話できた。おそるべしVodafone!!午前3:00ごろ就寝。明日からの日々に思いを馳せながら眠りについた。楽しみだなあ...
[2003.9.17]
二時間とはいえ時差の影響があるのか、早朝5:00ごろ目がさめてしまい、何度も寝ようとトライするものの寝付けず断念、7:00に起床する。バイキングの朝食をとり、部屋で「Myモンカフェ」を飲みながら読書。日野さんとともにマイブームなのがモンカフェ。マイカップとともにツアーの必携品だ。11:00ごろ、天気もいいのでプールに出てみる。きょうは15:30集合なので時間に余裕があるのだ。ほどなく田渕氏と上田氏登場。インド編でもご紹介したとおり、このお二人の水着はビキニ(?!)。しかも田渕氏はギャランドゥ、上田氏はロンゲ、とそれぞれに個性的。あとでわかったのだが、三人がプールサイドで戯れているところを日野さんに激写されていた!!
[部屋から見たプール] 退屈なのでタイ式マッサージを受けてみることにする。45分で600バーツということは約1800円。まあ安いんだろう。ちょっとどきどきしながらプールに併設されたマッサージ室に案内される。マッサージしてくれたのは、年の頃なら23〜4の可愛い女性。だがトレーニングウエアを着ているのでとても健康的な感じがする。僕はお色気系は苦手なので(マジです)安心。たっぷりマッサージしてもらいリフレッシュした。
金澤氏、井上氏らと昼食を食べ、少し休むと出発時間がきた。空港へと向かう道すがら、建設途中のモノレールの橋脚などが目に付く。上村女史の話によると、タイもバブルがはじけ様々な公共事業が頓挫したそうな。う〜ん、いずこも同じか...
空港では毎度の荷物大移動。ウッドベースからドラムセット、万一に備えキーボードも持参しているので、チェックインも一苦労だ。18:30に出発。ビエンチャンまでは国際線とはいえわずか一時間。一日二便しか運行していないらしい。わずか一時間の間にも食事が出るが、お世辞にも見栄えがいいとは言えない代物。味はそう悪くはないのだが...和の基本は見栄え、ですもんねえ。申し訳ないが残してしまった、ごめん(おまけにビール、ぬるかったし)。
[バンコク空港にて すごい機材の数!] 19:30ビエンチャン到着。ようやくラオスだあ!!もう夜なので景色も見えないが、まとわりつくような暑さはカンボジアを思い出させる。大使館の赤嶺女史らが出迎えてくれて、一路ホテルへ。首都ビエンチャンはメコン川沿いに横長に展開していて、メインストリートの周りにほぼ集中している感じ。空港からホテルも10分ほどで着いた。我々が滞在するラオプラザホテルは市内で1,2を争うグレードらしく、快適そう。やれやれ一安心。
[左:部屋の窓からの風景、お世辞にもきれいとは言えない... 右:フロント] チェックインして、大使館の方々の案内でホテルの真向かいの香港酒家という中華料理店に行き夕食。軽く食べるつもりが、おいしい料理と老酒のせいでつい食べ過ぎてしまった。これをきっかけにタダセイはデブへの道をたどることになる...
[左:香港酒家の前でポーズ 右:よく見ると鳥サンのくちばしが...] 部屋に戻り、荷物を整理してVodafoneにトライする。が、非常に微妙な感じだ。つながったりつながらなかったり不安定。メコン川から数百メートル離れているだけでダメなのか...う〜ん残念。明日、川まででかけてかけてみよう。部屋で現地のビール「ビヤラオ」(ホテルだと2ドルするが外だと80セントくらい)など飲むうちに気絶、ビエンチャンの初夜は更けていったのだった...
[2003.9.18]
またまた6:00ごろから何度も目が覚め、あきらめて8:00ごろ起床。きょうは夜大使館でのレセプションがある以外は自由行動。昼前から希望者で市内観光および買い物に出かけた。まず金ぴかの寺院、タートルアンへ。お釈迦様の髪の毛が納められているらしい。寺院の回廊には首のない仏像が多数展示されている。その昔シャムが攻めてきたとき、仏像の首に隠されていた宝石を奪うため首を片っ端から切った名残らしい。ああ侵略の歴史ラオス...(涙)
[首のない仏像...] [黄金の寺院タートルアン!] この寺院から次のラオス織物のお店に向かう途中、車がとってもディープな集落に入っていく。ええ?どこ行くの??大使館の赤嶺女史が先頭に立ってどんどん人んちに入っていく。地面はぬかるみ、犬は病気で横たわっている、そんな傍らで何人かが昼食をとっている家だ。どんどん奥に入っていくと、そこにはケーン職人がいた。なんと石井はここでケーンをオーダーするつもりらしい。明日にはできるというので彼はその場で注文。ううんなんだか勇気ある行動のような気がするのは私だけ?!
[ケーナ職人のおやじさん] 石井以外はかなりな逃げ腰で早々に職人宅を退散、次の目的地のラオス織物のお店に向かう。そこはラオスの中では高級品を扱うところらしく、値段もいい値がついている。工場が併設されているが昼休みらしく作業をしているのは一組だけだった。日野さんはじめみんなそれぞれ織物を購入し、美しい店員さん(日本にもちょくちょく来ているらしい)に別れを告げる。
[店内の様子と美しいママさん] [はにかみながら撮影に耐えてくれた] 我々もここで食事を取ることにする。連れて行ってもらった先はメコン川沿いのラオス料理のオープンレストラン。これが最高だった!天気もよく、川からの風が涼しく、料理もうまい。ラオス名物の竹かごに入ったスティッキーライスやすっぱ辛いスープ(なまずが入ってた)などをビアラオとともにいただく。おお、ここではさすがにVodafoneつながる!川を越えたらタイだもんね。
[左:ビヤラオ 右:メコン川の風景、あちら側はタイ] [左:カラフルなパラソル 右:店とメコン川] ただ、ここで初めて子供の物乞いに会ったのが辛かった。何人かで店員の目を盗みながら近づいてきて、ごはんをねだるのだ。インドのように町中での物乞いが目立たない国だっただけにちょっとショック。この国は温暖で、山に入ればそれこそ年中果物などが採れるため、飢えるということがないんだそうだ。とりあえず食べてはいけるわけで、物乞いが少ないのもうなずける。
さんざん食べて、次はMornig Market(タラートサオ・朝市)へ。こちらはカンボジアでも行ったような、一般市民が利用する一大スーパーマーケットだ。つまり何でもある。しかも現地人向けの価格設定なので、同じ織物でも(まあ品質は劣るらしいが)値段が格安とのこと。そこで織物をひとつ購入。ここではラオス通の上村女史が大活躍!!値切る値切る、「まけてくれないんなら帰っちゃうよ!」とか言ってまけさせてしまう。さすがです。人がいいだけのタダセイは、アジアでは生き抜けないだろうなあ、としばし遠い目。
金銀アクセサリーなども見て回ったが、今ひとつ意欲をそそられず買わずにすませた。ここからホテルまでは歩いて行けるので、帰りは徒歩。途中、秋篠宮様が立ち寄ったというラオス織物の高級店で避暑(上村女史の裏技!)、黒の塔という怪しげな塔などの横を通りホテルに帰る。
[左:朝市 右:黒の塔] [左:凱旋門 右:織物店] [凱旋門から見たビエンチャン市内(上村女史提供)] ホテルで一休み後、大使館主催のパーティーへ出かける。大使公邸はメコン川沿いで、夕日がとてもきれいだった。今は雨期なので、雲があってイマイチだが、乾期にはそれこそメコン川に「じゅっ」と夕日が沈む様子が見られるらしい。日本食やフー(汁ビーフンのようなもの、タダセイ大のお気に入り)、ワインなどをたっぷりいただき、またしてもデブ一直線のタダセイであった...
[なんと美しい風景!]
[2003.9.19]
ようやくきょうは仕事の日。日本を出てから丸三日間楽器にさわっていない。さすがに不安を覚えるタダセイ。午前中、部屋で音だしを試みる。きょうのコンサートは子供向けのもの。ビエンチャン市内の小中学校の生徒がたくさん集まるとのこと。ジャズに対してほとんど先入観のないはずの子供たちに、僕たちの演奏がどのように受け入れられるか、とても楽しみでもあり不安でもある。
12:00すぎ会場入り。ホテルの斜め向かいにあるラオス国立文化会館がきょうと明日の会場だ。おそらく国で唯一のコンサートホールだろう。行ってみるとアコースティックピアノはまずまず使える状態らしい。石井はホッと一安心の顔。パキスタンのことを思うと天国だ。持参したキーボードは出番なし。
14:30開演。僕たちがステージに出た途端、まるでSMAPのコンサートのような大歓声、というか黄色い声。これには日野さんはじめメンバーびっくり!!日本にいてアイドルのような歓声を浴びることはまずないわけで、とまどうばかりだ。さすがに曲が進むにつれておとなしくなっていき、おまけに演奏中にもかかわらずどんどん出ていってしまう子供たちもいる。正直というか何というか...
日本の学校音楽鑑賞会などではまず考えられないことだ。日本なら先生が厳しく指導し、終わるまでいやでも聞かされるところだろうが、おおらかというか何というか、先生も知らん顔。管理教育に慣れている僕たちには逆にとても新鮮な光景だった。ま、何かが彼らの中に残ってくれればいいか...
そんなこんなで16:00には終演。もちろん外はまだ明るい。いったんホテルに戻るべく会場の外に出ると、噴水の周りに先ほどの生徒たちが数人たむろしている。もらった花束をあげようと思い女学生に近づくと、はにかみながら「写真を一緒に撮ってほしい」とのリクエスト。上村女史によると、ここ数年でラオスの国民性も確実に変わっているようで、以前は写真をせがむなど考えられなかったとのこと。近代化の波が押し寄せているんですなあ...
[中学生くらいの子たちか?] ホテルに戻る道すがら、小腹がすいていることに気づく。ラオス通の上村女史の案内で、ホテルの真向かいにあるラオスカフェ(まあ、屋台みたいなもんですな)でフーを食べる。ここではフー(ビーフン)ミー(卵麺いわゆるラーメン)カオピャック(太めの煮込みうどん)の中から麺をチョイスし、トッピングを指定して持ってきてもらうスタイルだ。いやあこれがうまかった!アジアの、いわゆる現地の屋台風なところの食事は今回初トライだったのだが、目からウロコ。夕食が近くなければ間違いなくお替わりしただろう。あああ、また食べたいいいいいい!
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[ややピンぼけながら、これがフー] いったんホテルに戻りシャワーを浴びて、夕食に出かける。この日は上村女史の案内で、石井とともに秋篠宮様も訪れたという高級ラオス料理店に行くことにする。メコン川沿いのオープンレストランも風情があったが、一度くらいはちゃんとした食事をとってみたいと思っていた。はたして料理はとてもおいしく優雅。大満足だ。そこでは演奏や踊りのライブもあり、ビデオを回すタダセイたち日本人のために、サービスなのだろうか「北国の春」やら童謡(曲名失念!)などを演奏してくれた。踊り子の女の子の可愛かったこと!!!鼻の下50mのタダセイであった。そしてきょうもデブ一直線...
[2003.9.20]
さていよいよラオス最終日。きょうのコンサートで仕事は終わりだ。サウンドチェックも前日済ませているので、入りは18:00ごろと遅い。午前中、プールで読書し、金澤氏、石井氏、井上氏、上村女史とともにホテル近くの高級イタリアンレストランで昼食。メニューは外人観光客値段でかなり高めだが、さすがにうまい。パスタ、羊肉などを食しワインで乾杯、もういい気持ち...
[外人向けすかしたレストラン] ホテルでしばし休憩し、18:00会場入り。きょうのコンサートは普段どおりの演奏でいいので気が楽だ。ステージから見ると政府の要人や各国大使館の人々、日本人、ラオス人、様々な客層なのがわかる。約二時間のコンサートも盛り上がりのうちに終了。ラオスにジャズが少しでも根付くことを祈りつつ精一杯演奏した。
ホテルに戻り、ホテル内のレストランで打ち上げ食事会。なぜホテル内かというと、実は現在ラオスは戒厳令とまではいかないが夜間の店舗の営業と外出が禁止されているのだ。日本からツアーで来てくれたファンの方数名とも交流し、ラオワインを飲んだりビアラオを飲み納めたり、と夜遅くまで盛り上がったのは言うまでもない。そしてタダセイはデブ一直線...
[いやがる金澤氏と一枚]
[2003.9.21]
いよいよラオスともお別れ。14:30のチェックアウトまで自由時間なので、午前中プールで読書・ビアラオ飲み納めをし、お昼は近くのセタパレスホテルのバイキングへ。13:00に部屋に戻りパッキング開始。それにしてもラオス、最高だった。これまでインド・パキスタン・カンボジアに行ったが、ここまで好きになれた国はなかった。何よりも人が信用できそう、というのが最大のポイントだ。ここならしばらく住めるかな?
14:30チェックアウト。相変わらず電話代は高く、つながっていないものまで一分3ドルの割合で取られている。でも今回は許してやるか、と優しい気持ちになれたタダセイだった。日本から来てくださったファンの方々の見送りを受けホテルを出発。さよなら!ラオス!!
17:30にバンコクに着くものの、成田行きの時間まで六時間もある。幸いビジネスクラスのラウンジを使わせてもらえることになったので、そこでお酒を飲んだり免税店で買い物をしたりして時間つぶし。数名はバンコク市内に出てマッサージを受けたりしている。もちろん石井観光部長はお出かけになられた。
いよいよ搭乗の時刻になったところで上村女史よりうれしい知らせが!!なんとエコノミーのオーバーブックで我々のほとんどがビジネスにアップグレードできたとのこと。そういえば昔シカゴから日本に帰るときも、チェックイン時間ぎりぎりに行ったらビジネスになった経験があったなあ。ラッキー!機内でシャンペンなどいただき、「マトリックスリローディド」などを見ながらうとうとすること数時間、無事成田に22日午前7:30に到着した。
空港で解散し帰路につく。今回のラオスツアーは実にみのり多いものだった。アジアを初めて好きになれたことが最大の収穫。自分の中に少なからず偏見があったことに気づき、とても恥ずかしく思ったりした。また行きたいな、ラオス!皆さんも機会があればぜひ、行ってみてください!
P.S 帰国後、体重計におそるおそる乗ってみたところ、3Kgオーバーしてました!(注:現在は元に戻ったよ!!)
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