[03.11.30]
あららら...またまた三ヶ月だわ(汗)ほんとにごめんなさい!言い訳になるんですが、仕事に忙殺されていました。この秋は、怒濤のツアー地獄。いろんなバンドのツアーが数珠つなぎで重なってしまって嬉しい悲鳴でした。ようやくiBook購入したので、こうして旅先から更新できる体制が整いました。これからなるべく(弱気)まめに更新しますね!
というわけで、秋のツアーについてかいつまんでレポートしておきます。
the MOST Tour
the MOSTの三枚目のアルバム「BECAUSE OF YOU」が10/21に発売になった(下記参照)。都内での発売記念ライブは11/14のNARUしか行うことができなかったが、10/26〜31の日程で北海道ツアーを行うことができた(このツアーの実現には釧路在住のK女史が大活躍してくれたことを明記しておきたい)。
前日まで日野5のツアーが入っていた僕と石井彰は大津から、大坂昌彦と上村信は東京から、と別々に初日の旭川に移動する。僕と石井は朝8:00のリムジンバスで伊丹に向かうという強行軍。だがツアーが続いてテンションが上がっているため「きつい」という感覚が麻痺しているようだ。
先に着いた我々は、一足先にホテルに入り待機する。ほどなく二人も到着、まずはほっとする。マネージャーもいないタダセイ手作りツアー、ひとつひとつ自分でクリアしていかなければならない。さっそく会場「JAZZ」に向かいリハーサル。ひさしぶりの再会だけに、曲のおさらいをやっておかねば不安だ。今回の目標は譜面を見ない、というとても初歩的なこと。難曲ぞろいのthe MOST、なかなか譜面を覚えられない言い訳にしていたが、masaのジャズライフのインタビュー記事を読んで反省。リハーサルでなんとか覚えようとがんばった。
本番には地元旭川のジュニアジャズオーケストラの可愛いメンバーたちも来てくれて、満席のお客さん。初めての場所では本当にお客さんが来てくれるのかとても不安なものなのだ。よかった〜、ほっとするタダセイ。曲もなんとかクリアして、初日は無事終了。これからの6日間がとても楽しみだ。ほっとしてつい飲み過ぎ、気がつけば4:00!初日から二日酔いのタダセイでした、とほほ...
翌27日は札幌へ移動。電車で二時間ほど、と楽な移動なので、JAZZのオーナー北村氏が経営する喫茶店でおいしいコーヒーなどいた ビッグバンドフェスティバルでお世話になったビッグバンドのK氏。いつも仕事をやりくりしてトランポをかって出てくれる。ありがたいことだ。店に入ってサウンドチェックをすませ、メンバーには休んでもらってタダセイと「くう」のオーナー山本氏は彼の持っているコミュニティーFMの番組に出演する。
ライブは三度めのお店ということもあり満員のお客さんでありがたかった。演奏も徐々に自由度が増してきていい感じ。CDも売れ、打ち上げも盛り上がった。タダセイようやく二日酔いも抜け、またまた飲む、の図でした(反省)。
[くうにて打ち上げ あんパンマンも見守る] 三日目は帯広。この日もゆっくりなスケジュールのため、一度「くう」に楽器を取りにいきお茶など飲みつつ駅へ。三時頃帯広到着。タダセイ初めての土地だ。地元のジャズ愛好会のH女史の出迎えをうけ、サウンドチェック。終えてホテルに戻る途中食事へ。メンバーは帯広名物(らしい)「豚丼」を食べたりしている。この「豚丼」、ごはんの上にうなぎのタレ状のもので焼いた豚がのっているだけ、というもの。う〜んタダセイには理解に苦しむ...
会場のBIGAPPLEはほぼ満員のお客さん。アップライトのピアノにしてはよく鳴るので楽だ。ただPAがないのでフルートはなし。ソプラノに振り替えて演奏する。熱い声援の中終演。
四日目からは移動がワゴンになる。運転手をかって出てくれたのがH氏。彼にはその昔、大西順子4のツアーでお世話になっている。そのときのイメージは、そのファッションもあいまってどちらかというと「恐いおぢさん(●力団関係?)」という感じだったのだが、今回お会いするとイメージ一新!クルーカットにIVYファッションでとてもさわやかな優しいイメージになっていた。これにはびっくり!
なにを隠そう彼は地元釧路では有名なドラマー。大坂昌彦とも親交があるらしく、さっそくドラム談義に花が咲いている。きょうから最終日までボランティアで運転手をやってくれるのだ。ありがたや...
帯広から会場の別海町までは、釧路経由で三時間程かかる。途中、釧路のH氏宅にお邪魔し昼食をごちそうになる。自家製のイクラをいただいたのだがこれが絶品!!最高のイクラ丼だった。
[ドラマー&ドライバー長谷川氏] 自慢のオーディオなども堪能させていただき(先頃の地震でスピーカーが無惨にへこんでいた...)一時間ほどで出発。会場の別海町は人口より牛口?のほうが多いというほど牛の多いところ。町のほとんどの人が牧畜や乳業にかかわっている土地柄らしい。主催者の方たちもとても素朴でいい人たちで、精一杯の対応をしていただいた。演奏も盛り上がり打ち上げでも盛り上がって牛の町の夜はふけていくのであった...
五日目は釧路へ移動。アマチュア対象の楽器別クリニック&ジャムセッションだ。サックスは8人ほど集まり、遠くは前日の別海町からわざわざ来てくれた人もいた。一時間半、あっという間に過ぎてしまったが充実のクリニックだったと思う。その後すべての楽器が集まりジャムセッション。何十人もが入り乱れて大騒ぎ!貴重な体験だったのではないだろうか。
最終日は移動なしで釧路This Is。三年連続でお世話になっている。マスター小林さんのおかげでtheMOSTと北海道のつながりができたのだ。この日は入れ替えで2セット。狭い店内が熱気でムンムン!最終日ということもあってバンドも最高のグルーブを体験。すばらしい一日になった。
今回のtheMOSTツアー、CDも順調に売れ、バンドのサウンドも発展してとても有意義なものになった。苦労して組んだ甲斐があったというものだ。またツアーやりたいなあ...誰かブッキングやってくれないかなあ...
日野皓正Tour
7/2に発売になった「Here We Go Again」の発売を記念して、夏から秋にかけて日野皓正5のツアーがめじろ押し。夏のツアーに関してはすでに報告済みだが、theMOSTツアーの直前まで行われた秋のツアーに関して少し。
10/18の八尾スポーツアリーナでのコンサートは、ここ二年theMOSTのCD発売にあわせてコンサートをやってくれているT氏の主催。私が橋渡し役をやって実現したのだ。この八尾町は「風の盆おわら」で有名な町。このひとりごとでも紹介しているのでバックナンバーを見てみてほしい。
当日、1600人入る会場に満員のお客さん。いったいこの小さな町のどこにこんなにたくさんの人がいるのだろう、というほどすごい熱気に包まれた。さすがT氏!チケット販売の神様、と呼ばせていただきたい。コンサートはもちろん大成功!橋渡し役の私もほっと一安心。CDも飛ぶように売れ、私のアルバムも50枚も売れるという嬉しい誤算。ほんとに八尾のみなさんありがとうございました!!
10/20〜24はクラブギグ。藤枝ジェノバに始まり名古屋LOVELY,四日市VIEBOと移動していく。日野さんがこういった小さなクラブでライブをやる機会は非常に少ないので、お客さんの期待度もすごいものがある。気楽なクラブギグということで、当然時間も長くなる。全体で三時間なんてのはザラ。体力勝負だ。しかしバンドのサウンドが毎日変化し、とても充実した数日間となった。やはりツアーで連日演奏することがレギュラーバンドには必要なんだと痛感した。
10/25は大津琵琶湖ホテルでディナーショウwith上田正樹。上田さんの歌には何とも言えない哀愁とパワーが共存していて私は個人的に大好きだ。特に歌う姿がとてもユニークでごきげん!
ショウではブルースフィーリングあふれる歌の数々を共演、タダセイもファンキーサックス全開!最後にはこの日6x回めの誕生日を迎えた日野さんのために我々がHappy Birthdayを演奏して盛り上がった。
[03.08.16]
なんということだ!!まる三ヶ月も更新されていないではないか!なんという怠慢...ほんとに申し訳ございませんでした(m_m)
多忙にかまけて、というわけではないのだが、PCに長時間さわることがとっても嫌な時期が続いたのだ。仕事が終わって深夜PCの前に座る、というのがたまらなく苦痛だった。一種の鬱病かな?と本気で心配もした(でも自分でそう思う程度ならきっと違うんだよね)。だがこのところファンの方からも「ずっと更新されていないので本気で心配でした」というご意見もいただくようになり、これではいかん!と思い直し、こうして書いております。とはいっても三ヶ月の間にあったことがあまりにも多すぎて何から書いていいやら...
the MOSTのこと
the MOSTは5月に三枚目のアルバムのレコーディングを無事に終え、ミックスダウンも完了、あとは8/18のマスタリングを残すのみとなった。今回は二月のツアーなどを経て、かなり練り込んだ形でのレコーディングだったので、内容充実!自信作です、まじで。三枚目ならではのチャレンジもいろいろやってますのでお楽しみに!ただ、いかんせん売れっ子ミュージシャンだらけのため、都内でのライブがほんとに取れない!8/26新宿DUG、11/14のお茶の水NARUくらいしかできないのだ。11月にはCDも発売開始しているというのに...ほんとにすみません!11/14NARUが唯一のCD発売記念ライブということで、ぜひぜひお越しください!
[左:いろいろ書き込まれた譜面 右:最近話題の真っ赤なケース] [左:広兼氏セレクトのマイク二本、いい音するんだこれ 右:裏バンマスもこ嬢画 後頭部の描写が...] [左:マサちゃんタダセイ 右:信ちゃん王子] [毎度おなじみの面々ですなあ...] 日野皓正QUINTETのこと
すでにひとりごとで報告済みのように、7/2日野皓正QUINTETの新譜「Here We Go Again」が発売になった。日本人メンバーとは本当に久しぶりとなるこのCD、おおむね好評をいただいているようで安心した。日本人レギュラーでもここまでできるんだぞ!というのをメンバー全員感じていると思う。ぜひ聞いてみていただきたい。力作です!
そのCD発売記念ライブツアーがすでに始まっている。7/11、12の福岡ブルーノートを皮切りに、7/23、24の大阪ブルーノートまでの二週間は、毎年恒例の通称「みねじいツアー」。鳥取のプロモーター三根氏の仕切による地獄のツアーだ。地獄、の所以はその移動の厳しさ、演奏の内容の濃さ、色々あるようだが、僕は今回が初参加(これまではQUARTETだった)。噂に違わぬ密度の濃いツアーだった。日々教えられることだらけで、音楽的にも少しは成長できたかもしれない。ツアーの間に、the MOSTの新作のCD−Rを試聴していただいたが、身に余るお褒めをいただき恐縮してしまった。これまでやってきたことは間違いではなかったと、とても自信になった。
そうはいいながらも移動日が何日かあったので、その間二度、日野さんとゴルフをさせていただいた。ゴルフでも教わることだらけで、頭がパンクしそうになった(笑)スキーとゴルフの師匠はヒノテルだ〜い!
その後いったん東京に戻って7/26横須賀ジャズドリーム、31神田TUC、8/2三重メナード青山リゾートジャズフェス、と単発が続き、8/6から「みねじいツアー」第二弾が始まった。今回はまず米子に前乗りして翌7日早朝に隠岐に向かう。隠岐は境港から高速艇で一時間半、フェリーだと三時間もかかる離れ島。後醍醐天皇が島流しになったという...陸がだんだん遠くなっていくのを見ながら、天皇もこれと同じ景色を見たのだろうなあ、と歴史好きのタダセイしばし感傷にひたる。
コンサート自体は成功裏に終わったが、ここで心配ごとが。折からの台風接近で、翌日の船が欠航になる恐れがあるという。まあ、ぎりぎり大丈夫でしょう、という主催者のお言葉にすがる思いで床に着いたのだが...
朝八時、ロビーに集合したところ、高速艇・フェリーともに欠航とのこと。マネージャー田渕氏の非情なひとこと「漁船をチャーターしてもらったのでそれで行きます」。げげっ!荒波の中を?漁船で?船酔いに弱いタダセイが?漁船の似合わない男No.2(No.1は王子)のタダセイが?
それでも非情にも船は出ていく。我々を乗せ。40人乗りです、と船長はおっしゃるが、どう見ても20人が精一杯。イスなどもちろんなく、船底に絨毯と枕が用意されているだけ。遠くなっていく隠岐を悲しく見つめながらタダセイは絨毯にうずくまっていたのだが、日野さんたちに「立って外を見てたほうが酔わないよ」とアドバイスされ、船前部の手すりに日野さんと並んで立つ。ほかのメンバーは後ろの甲板(外)に並んでつかまっているが、すでに荒波で水をかぶっている。三根さんの息子さんなどは頭からざんぶりこと海水をかぶりびしょびしょ。と見ると、王子が真っ白な顔でうずくまっている!これはやばい、今にも「ゲロッパ」(公開された映画とはもちろん無関係です、あしからず)寸前!がんばれ王子!
船長も巧みな舵さばきで波を避けていくが、何度か大きく揺れたりエンジンを止めてしのいだりと、結構まじモード。もうかなり乗っているのでそろそろかな、と思った頃、操舵室から「今半分で〜す」。えええええ〜〜〜???これにはさすがの日野さんもがっくり。もう二度と乗らないぞ〜!でも人生にはこういう経験も必要なのだろうなあ。
タダセイは何度か来た「ゲロッパ」の波をくぐり抜け、どうにかこうにかセーフ。一番やばそうだった王子も「目をつぶれば大丈夫なことを発見した!」といってどうにか大丈夫そう。そうしてようやく陸が見えてきてからさらに30分、合計二時間に及ぶ漁船の旅は終了したのだった。到着後、船長に「これから戻るんですか?」と素朴な疑問を投げかけたところ、「今考え中です」とのこと。そのくらいやばい中を来てくれたのだと感激。くれぐれも気をつけて!と別れた。本当にご苦労さま!ありがとうございました!
そんなこんなでその日は広島県上下町(山の中)になんとかたどり着き演奏。翌9日は境港に移動、10日には名物「妖怪ジャズフェスティバル」に出演して今回のツアーは終わったのだった。翌11日にはまたもゴルフ、充実のツアー?!となったのだった。
[妖怪ジャズフェス打ち上げ風景 左:王子、タダセイ、佐山さん 右:タダセイ、TOKU、小沼ようすけ]
[03.05.13]
5/1〜4と日野晧正QUINTETでツアーを行ってきた。1〜3は名古屋BLUENOTEでTOKUがゲスト。4は高槻ジャズストリートのゲストというスケジュール。
このところTOKUを加えてのバージョンが定着しつつある。日野さんがMy Sonと言ってかわいがるTOKU、マウスピースや奏法のことなどいろいろ日野さんに教わっていた。今回のハイライトはSTARDUST。アカペラでTOKUのバースから始まるのだが、なんとマイク無しでの熱唱。横で聞いていても体全体が鳴っている感じですばらしかった。どちらかというとチェットベイカーのようなささやくタイプのイメージがあったTOKUだが、日野さんの影響か、歌い上げることへの挑戦もしているような気がした。5/15にも同じバージョンでの共演があるので楽しみだ。
高槻はボク的には今回初出演。町中がジャズ一色になるとの噂は聞いていたが、これほどまでとは...しかもその全てが無料というから恐れ入る。僕たちが出演するホールでは、開演二時間前くらいから長蛇の列ができ、開演時には通路まで超満員というすごさ!これを機会にますますジャズを聴く人が増えることを祈る。
[左:ごったがえす商店街、店の外からも見られる 右:ボランティアのお姉さん] [ジャズストのTシャツを着るイケメンブラザーズ?!] 5日(こどもの日)は東京に帰る日なのだが、その途中、京都の小学校に寄ってボランティアの演奏をやってきた。これはその学校の熱心な日野晧正ファンの音楽の先生が、かなり前から日野さんにラブコールを送り続け、果ては生徒全員の年賀状攻撃でようやく実現した催しらしい。学校に到着すると生徒たちの熱烈歓迎!とってもうれしかった。
生徒たちの「ルパン三世」「Fly Me To The Moon」などの演奏、日野晧正QUINTETの演奏の後、一緒にC jam Bluesをやったのだが、特にソリストのTpやVnの子がすばらしかった。日野さんも「この子は絶対ジャズバイオリンをやらせたほうがいい!」とご両親に言ったくらい将来が楽しみな子だった。そのうちデビューするかも!お楽しみに!
後日、この生徒たちの感想文を先生自ら届けに来てくれた。この感想文にも感激!子供たちの感性は素晴らしい。
[久世西小にて 左端が発起人小宮先生] 5/8,9は同じく日野晧正QUINTETでALFIE 2days。99年に惜しくも亡くなったTOKOさんのメモリアルウイークの一環だ。TOKOさんのホームグラウンドだったALFIEでの演奏には感慨深いものがある。今回は、新しいCDでも行っているTOKOさんとの共演も実現(来た人にしかわからないよ〜!)、TOKUやsayaka、宇川彩子、力武誠、山田香なども遊びに来て、両日とも大盛況だった。
特に9日は、熱演のあまり終演が12:00を過ぎてしまい、10日にずれこんでしまった。なにを隠そう、この日はタダセイ4?回目の誕生日!いったんは楽屋に引き返そうとしたのだが、日野さんはじめみんなが戻ってきていきなりハッピーバースデイを演奏してくれたのだ!!これにはタダセイ本当に感激!おまけに日野さんにマイクを渡され「ハッピーバースデイトウミ〜〜〜〜」などと歌ってスキャットして大騒ぎ。終わってからも容子ママがシャンパンを出してくれたりケーキを出してくれたりとパーティー状態になだれ込み、覚悟を決め電車で来ていたタダセイは朝五時まで飲み狂ったのだった...
[ケーキに感激!日野さんの優しさに感激!!]
[03.04.20]
去る3/20〜24、日野晧正QUINTETのレコーディングを行った。プロモーションとの兼ね合いで、なかなか報告できなかったのだが、ようやく解禁となったので簡単に報告したい。
日野さんのレコーディングといえば、長い間外人ミュージシャンとの共演が当たり前になっていた。日野さんの実力、知名度、活動の拠点を考えれば当然といえば当然だ。だが、このところ日本での活動も多くなり、日本人レギュラーバンドも3〜4年の間メンバーが固定されてきたところで、日野さん本人の要望でレギュラーバンドでのレコーディングを敢行することになった。
これは我々にとっては本当に光栄なことだが、同時にプレッシャーも非常に感じる。「やっぱり日本人じゃね」などと言われないように全力を尽くさねばならない。そんな中、三月の下旬レコーディングが始まった。
the MOSTのレコーディングなどは、だいたい二日間で録りきってしまうのだが、今回のレコーディングはリハーサルが一日、正味の録音が四日間もあるという贅沢なもの。こんなのは初めてだ。初日のリハーサルで新曲も何曲かやり、アイデアもいろいろ出てきて面白いものになりそうな予感はしたが、いざ録り始めると思った以上に面白く、テンションも高いものに仕上がったように思う。
ここでは詳しい曲名などはお知らせできないが、あっと驚くような仕掛けもあり、かなり楽しんでもらえるアルバムになったと自負している。発売は7/2の予定。アルバムタイトルなど詳細がわかり次第ご報告します。
ではレコーディング中のスナップをいくつかお楽しみください。
[左:スタジオではカップに名前を書く。さすが画家・日野晧正! 右:副調から見たスタジオ} [スタジオ内のメンバーたち 濃密な時間が流れた] [左:エンジニアすずきともおさん 中:譜面を書くタダセイ 右:真剣に討論(実は出前のメニュー決め?!)] [すべて終わってほっと一息 おつかれさまでした!] [03.03.10]
恒例、冬のthe MOSTツアー2003行って参りました!!今回は11日間8カ所10回の公演という長丁場。しかもメンバーがそろうのは去年の年末以来ということで、不安と期待の入り交じったツアーとなったのでした。
出発は2/21。私と信ちゃん(上村)は東京駅から、王子(石井)は新横浜から、マサ(大坂)は大分からと、全くバラバラな移動で名古屋ラブリーに向かう。私と王子は前日まで岩原のピットインで日野晧正QUINTETのスキーライブをやっていて、ほぼ休みなくツアーに突入となった。マサも、すでにふたつのバンドでのツアーがつながり20日以上出っぱなし。疲れていないか気になるところだった。が、四時過ぎには全員無事ラブリーに到着。再会を喜びさっそくリハーサルに入る。
今回のツアーの目的のひとつは、五月末に控えた三作目のレコーディングに備えて新曲を形にすることとバンドのサウンドのさらなる充実だった。私が二曲、王子が一曲、(旅の途中でマサが一曲[後述])提供した新曲のリハーサルからやってみる。私の新曲は、少し前にもリハにかけたことがあり、その時点でいろんなアイデアをみんなが出してくれて、修正したものを持参したのだが、またまたいい意味で裏切られどんどんかっこよくなっていった。うん、これならなんとかモノになるかも...王子の曲は以前Club TOKO QUARTETでレコーディングされたものらしいが、このバンドに合いそう、ということで持ってきてくれた。こちらもモーダルな雰囲気とサビの展開の対比がおもしろく、メロディーもキャッチーでなかなかいい感じ。
そんなんで初日・二日目のラブリーでは新曲を交えて演奏。反響もよく、自信がもてた。これならツアーの間にかなり練れてくるだろう。うん、やはり手練れの集まり、話が早い!ライブも大盛況のうちに終了。前回に引き続きツアーの最初をラブリーで飾れてよかった!河合さん(オーナー)長尾君(店長)ありがとうございました!!飛び入りしてくれた小林ミッチー・浜崎くんもありがとう。がんばってください!
余談だが、二日目の深夜、ケイコ・リーバンドと井上陽水バンド(含む本人!)の方々が店に飲みに来た。なかなか濃い情景が繰り広げられてたよ!
三日目は名古屋空港から空路福岡へ。最近は飛行機のほうが料金的に安かったりするのだ。やや空港まで離れているのが難だが、名古屋の可愛い弟子ふたりが車を出してくれてトランポ引き受けてくれた。綾君・ふみちゃんありがとう。
[綾君・ふみちゃん] 空港で名物ひつまぶしなど食しながら時間待ちし、福岡へと移動。実はタダセイ取り返しのつかない大失敗をするところだった。というのは、何度もひとりごとで書いているように、ウッドベースを飛行機で運搬するには航空会社の用意するハードケースを予約しなければならないのだが、今回それを忘れていたことが前日に判明!あわてて手配を頼んでどうにか間に合ったからよかったものの、一歩間違えば空港で途方にくれるところだった...はあ、だから早く誰かマネージャーやってほしいのよおおおお。
福岡空港には名店ニューコンボのマスターが直々にお出迎え。名物おやじだったお父さんが亡くなって彼が立派にあとを継いでいるらしい。私は昨年の秋、日野晧正さんのシークレットライブで初めておじゃましたのだが、一目でマスターやお店の雰囲気、お客さんが気に入ってしまいその場で今回のツアーの交渉をしたのだ。その後、お客さんの後押しもあり何とか今回実現した。ほんとみなさん、感謝です!
狭いお店なのでPAも特に必要ない。新曲のリハを少しやってホテルで休む。夜八時開演。客席は満員で立ち見も出るほど。初めてのお店だけにとても心配だったのだが、ほっと一安心。ライブも盛り上がりのなかで終演。やっぱり九州の人は熱い!とっても盛り上げてくれた、感謝。打ち上げでは、差し入れの泡盛などを飲みつつ結構へろへろになりながら博多の夜は更けていくのであった...
[左:マスターとタダセイ、右:打ち上げ中のみなさん] 四日目は福岡から故郷高松へ。電車で三時間半ほどの行程だ。朝、マスターの車で博多駅まで送っていただき、新幹線に乗り込む。毎度思うのだが、日本の電車の駅のインフラ整備は最悪だ。バリアフリーなど夢のまた夢。我々はいつも大きな荷物を抱えて移動するのでこれが本当にこたえる。大きな駅はまだましだが、たとえば都営地下鉄線などは地下の深いところにあるのにエスカレーターも満足に整備されていない。お年寄りなど見ていて本当に気の毒になる。なんとかせい!!!小泉・石原!!!怒りのタダセイでした。
話を戻して、岡山から高松まではマリンライナーで瀬戸大橋を渡る。一般車両が満席だったため、タダセイ、グリーン車をおごってしまった。よっ、バンマス太っ腹!!これに乗るのは二度目くらいか?確かに快適だが、あっという間に橋を渡ってしまうのはもったいないことだ。
高松に到着すると我が父が車で迎えにきてくれていた。タクシーと分乗してアップタウンにむかう。この店は、私が高松時代にさんざんお世話になった店だ。東京からプロがきてライブをやるときにはいつもシットインさせてもらっていた。その経験が今も生きている。なかなかとっつきにくいジャズ喫茶のおやじらしいおやじだが、いったん話するようになるととても面倒見のいい人だ。タダセイの恩人である。
こちらもサウンドチェックはほぼいらないので、セッティングを早々に済ませホテルにチェックイン。さっそく隣のうどん屋に石井・上村・タダセイでなだれこみうどんを食す。石井・上村の二人はかなりな讃岐うどんフリーク。石井など、結局高松滞在中の全食をうどんで制覇した。
余談だが、このお店で出されるコーヒーカップはかなりな高級品だ。ロイヤル・コペンハーゲン、ウエッジ・ウッドから九谷焼・備前焼などもある。マスターの言うには、ジャズ屋のコーヒーは800円くらいとかなり高めな値段なので、カップもそれなりにしないとお客さんに失礼だとのことだ。確かにそのとおり。ここのコーヒーは、自家焙煎の豆で相当なこだわりのコーヒー。私は個人的に大ファンだ。こういうところにも細かい気配りが見える。
[カップ棚とコレクションの一部] 午後七時半開演。今回は二日間に分けての公演のため、去年のようなすし詰め状態にはならずにすんだ。客席には中学の同級生など懐かしい顔もちらほら。もちろん両親も来ていて、なんだかこういう状態が一番やりにくいのだが...まあ、演奏が始まってしまえばいつもどおりの演奏。少しずつアレンジが変わりつつある新曲「Bustling World」「What's Up,Guys?」「A Certain Episode」「Because of You」などもかなりこなれてきて面白い展開になってきた。レコーディングが楽しみだ。
二日間とも打ち上げはうどんの「さぬきや」。ここのうどんはコシの強さに定評がある。私はピアノのM氏が「なめころし」と叫んだという名物「なめこおろしうどん」をいただく。マサや信ちゃんなどは一杯では足りずもう一杯注文している。ここまで讃岐うどんを愛してもらえると、県出身ミュージシャンとしてはとてもうれしい。結局翌日も、去年と同じく「さか枝」でうどん食べてから徳島へ出発することになる。
[名物なめころし、もといなめこおろしうどん] 六日目 徳島Bell'sでは、徳島が誇る名ドラマー太田純一郎氏と再会し、マサが彼に敬意を表して彼の得意技「ブラシ真空斬り」を真似たソロをとる。これが大受け!結局ツアーを通して彼は真空斬りに磨きをかけていた(笑)。
[Bell's 写真館] (写真提供:Bell's) [本当にこの人は表情豊か!右が噂の真空斬り!!] [左:渋いぜ、信ちゃん! 右:苦しげな王子!] [左:ソプラノタダセイ 右:指さしタダセイ] 七日目は倉敷。ツアーも後半にさしかかる。そろそろ疲れもピークになりつつあるはず。マサなどもう一ヶ月も自宅に帰っていないのに病気ひとつしていない。すばらしい体力・順応力!ジャズメンの鏡ですな。途中高松駅での待ち合わせを利用しまたも讃岐うどん。いよいよ食べ納めとなる。
[高松駅構内のうどん屋にて。立ち食いうどんです。右は世界のマサにもこんな一面が、の図] ようやく着いた倉敷駅も階段だらけ。まったく!!ぷんすか!!荷物の上げ下げだけでステージで使う以上の体力を使ってしまう気がする。どうにかしてほしいよな...
駅にはアベニューの若マスターたくまくんが迎えにきてくれた。彼が小学生の時から知っているので、なんだかとても複雑な気分になる。タダセイ、年をとるわけですなあ...お店ではママが笑顔で迎えてくれる。ああ、なんかこの笑顔を見ると帰ってきたなあという感じがする。この店はアマチュア時代に月に一度演奏していた懐かしの場所。一瞬タイムスリップする。
午後八時開演。今回も満員のお客さんだ。うれしいなあ。地元に帰ってきた気がする。懐かしい顔もちらほら。演奏もこれまでで一番よかったかも。CDもママの営業努力で23枚と新記録!打ち上げはお鍋。ここ数日胃腸の具合がよくなかったのだが、オナカにやさしい鍋のもてなしがとてもうれしかった。ママさん、たくまくん、ありがとう!また帰ってくるからね。
[マスターたくまくん提供 the MOST Live at AVENUE] [ママとタダセイ] 八日目、いよいよ終わりが見えてきたかな大阪Mr.KELLY's。ここも帰ってきた感じがするのはなぜだろう?きっと店やお客さんの雰囲気、スタッフとの関係などがそうさせるのだろう。こちらは数日前にはSOLD OUTとのこと。うれしいなあ。今回、チャージをやや高めに設定したのだが、そんなことは関係なかったようだ。the MOSTのメンバーはそれぞれに人気者だからなあ。
この日、ひとつショックなことがあった。皆さん、「初老」というと何歳くらいをイメージされるだろうか?私はずっと漠然と50歳くらいをイメージしていた。ところがあるファンの方から、初老は男女を問わず42歳からと決まっているらしいと教えられたのだ!がび〜ん、タダセイ当選確実!!はあああ、もうタダセイは初老の男なのね...とってもショック。ま、おかげでMCでは大受け。ネタができてよかったよかった(って喜んでる場合か!!)。
演奏はバンドとしてはかなりテンション高く面白い展開になっていた。ただ、タダセイはややばて気味。さすがに連日フルスロットルで吹いているので口のまわりの筋肉がバカになりつつある。もちろん気合いで吹ききったが自分的には満足いかなかった。次回はさらにパワーアップしたタダセイでがんばりますのでよろしく!!
終わって、いつも来てくれる在阪の同級生、後輩と昔話に花が咲く。女性ファンが多いことにみんな驚いている。そういわれてみればthe MOSTのファンって女性ファンが多いかなあ...少しでもジャズが女性の間に浸透してくれれば、と思う。今回掲示板に書き込んでくれたのも大阪の女性ファンが一番多かったかもしれない。ありがたいことです。
九日目、四日市へ移動。あいにくの大雨だ。なぜか四日市は雨のイメージがある。ビーボのマスター井口氏が迎えに来てくれて店に直行。セッティング、サウンドチェックを済ませてマサ以外の三人はホテルへ。実はマサは翌日朝7:20の新幹線で仙台へ向かうため、終演後車で名古屋のホテルへ移動するのだ。なんとハードな... で、その翌日仙台=小松を飛行機で移動して我々と合流するという強行軍。さらに驚くことには、我々がホテルで休んでいる間になんと一曲書き上げた、というのだからそのバイタリティーに脱帽!!すばらしいミュージシャンシップではないか!見習わなければなりませんです、はい...
彼の新曲は「ENIGMA」。ドイツ軍が第二次大戦中に使用した暗号だか暗号解読器だかの名前らしい。さすが雑学王!愛読書がNewsWeekなだけある。で、またこの曲の雰囲気にぴったりなタイトルなんだな、これが。都内でのお披露目は四月だよ〜ん!!
この日は演奏はよかったのだが、途中からピアノの調律がどんどん狂ってしまい、王子は大変そうだった。やはり湿度・温度などピアノにはデリケートな要素が多いんだなあ。終演後、マサはASAPで出発。がんばって!
十日目はマサ以外の三人は金沢への移動日なのだが、信ちゃんと王子はアマチュアビッグバンドのクリニック、私はサックスのクリニックをやることになっているため朝9:20の四日市発の特急で名古屋にむかう。名古屋で10:05発の特急しらさぎに乗り換え、あとは金沢まで三時間の移動。全員爆睡してしまう。
[爆睡する王子(ごめん!)] 午後一時すぎ金沢駅到着。拍子抜けするほど暖かく、雪のかけらもない。駅には私のほうは楽器店VANVANの方、信ちゃん・王子のほうは金沢大学ビッグバンドの面々が出迎えてくれる。駅で別れを告げ、VANVANにむかう。この楽器店は金沢では最大手のようで、手広く店舗も出しているし音楽スタジオ・教室なども充実しているらしい。きょうのクリニックは、前半はグループでアドリブの取り方を、後半は個人レッスンを30分ずつやることになっている。
午後三時スタート。生徒は全部で五人。中にはこちらの教室で教えているクラシックの先生もいらっしゃる。ジャズのアドリブというのはクラシックの人にはやはり難関らしく、ほかの生徒に混じって真剣に聞いておられた。個人レッスンでは、より個人に即したことをやったつもりだが、なにせ30分では時間が短い。できれば今後もこういう形で月に一度くらい教えたいなあ、と思った。
[クリニックを受けに来てくれた生徒たち] 19:30終了。結構くたくたなことに気づく。朝も早起きだったし、三時からほとんど休憩していないし、オナカもすいたし...で、スタッフの方と食事に行くことにする。ホテル近くの菊一というおでん屋に連れて行ってもらう。ここは店の中の時間が昭和初期から止まっているんじゃないか、と思うくらいいい味を出している。大将も、もう60〜70歳くらいだと思うが、壁には先代の写真も飾ってある。スタッフの方によると親子二代にわたってこの店に通っているという方も多いらしい。おでんは絶品。特にすじ肉は、今まで食べた中で最高だった。みなさんもぜひ金沢にお越しの際は寄ってみてください。
オナカもいっぱいになったところで、明日の会場でもあるもっきりやに向かい大学生たちとジャムセッションすることにする。先ほどクリニックした生徒も来ている。およそ二時間ほど、やや疲れも出て酔っぱらった状態ではあるものの、タダセイ・王子・信ちゃんはがんばりました。中にはかなりな腕前の人もいて、なかなか楽しいセッションとなった。その後、学生たちとしばらく飲み、さすがに疲れ果てホテルに帰って気絶。爆睡となった。
[セッション風景 Tpの女子たち大健闘でした] そしていよいよ最終日。マサも無事小松空港に着き、夕方リハーサルで再会する。外はあいにくの雨模様。しかも夜にかけて雪になるとの予報。いったいこの温度差は何なんだ!!お客さんも来てくれるかなあ...the MOSTでは初出演なので不安がよぎる。
リハでは、四日市でマサが書いた新曲「ENIGMA」にトライ。難しいメロディーだが、何度も繰り返すうちに何とか形になってきた。ツアーも最後だし、次また全員がそろうまで間があいてしまうので、きょうのライブで演奏することにする。やはり本番でやっておかないとなかなか体にすりこまれないのだ。
19:30開演。店内は満席状態。カウンターの中にも人が立っているほどだ。よかった〜 最終日が寂しいとツアー全体が寂しい印象になってしまうので、本当によかった。口の状態も一日のインターバルでかなり戻っている。いいライブになる予感が...
その予感通り、ライブはすばらしいテンションの中で進み、新曲もとても面白い展開になり、大盛り上がりのうちに終演。これで全10公演がすべて終了したのだ。この間、メンバーの誰ひとりとして不満も言わず、すばらしい演奏を続けてくれたことが本当にうれしかった。ますますthe MOSTの素晴らしさを再認識させてもらった。この状態をレコーディングまで維持し、今までの最高傑作を作ることをお約束します。
そして千秋楽打ち上げ。ねじのはずれたタダセイは、ただただ飲み、語り、はしゃいだのであった...ああ金沢の夜は更けていく...本当に無事に終わってよかったあ!!すべての方々に感謝します。ありがとうございました!!
[左:マスターとタダセイ 右:店の前で なぜか電話中の信ちゃん] [左:金沢大学の方々とマスター 右:すべて終わってネジがはずれたタダセイ] ただし、これは撮影用演技ですよ!本当はちゃんと起きてました!!念のため!!
[03.02.11]
2/3〜9の一週間、BLUENOTE東京にBRANFORD MARSALISが出演した。一昨年10月以来のBLUENOTE出演とあって自ずと期待も高まるというものだ。今回も不動のQUARTET。特にJeff Tain Wattsとのコンビは今や最強といってもいい。アルバム「Foot Steps of Our Fathers」をひっさげての来日公演の初日と最終日をチェックしてきた。
このひとりごとでも書いているし、インタビュー等でもことあるごとに言っているように彼は僕のアイドルだ。これまでの音楽家としての歩み方がとても好きなのだ。つまり、クラシックからメインストリームジャズ、ヒップホップにスティングとの共演など、これほどまでに幅広い音楽性を持った、しかもそのどれもが半端ではないクオリティーを維持しているミュージシャンというのは他に類をみない。弟ウイントンと比べていい意味でいいかげんで奔放で、ユーモアのあふれた人間性が大好きなのだ。
そんな彼と、六年前のBLUENOTE飛び入り以来(ひとりごと2001.1〜12参照)友人となれてとても光栄に思っている。彼に捧げた曲も二曲(Brother"B",Orpheus)ある。楽器がアルトとテナーで違うのになぜそこまで?と思われるだろうが、何を隠そうタダセイは隠れテナーファンなのである。アルトでテナーのように吹きたいと常々思っていて、その理想がブランフォードなのだ。ロリンズ・コルトレーンを消化しながら、それと全く違うオリジナリティーを確立していることが素晴らしいし、フレーズやリックに頼らないソロの構築の仕方が限りなく創造的だ。それに曲が素晴らしい。ものすごくリズム・ハーモニーが難解な曲を書くかと思えば、とてつもなくリリカルなバラードも書く。
初日月曜日の2ndセットはほぼ満席。初日から満席になるところがすごい。それだけ期待されているということだろう。21:00ごろ到着し楽屋へ挨拶に。メンバー全員暖かく迎えてくれて、シットインさせてもらうことになる。僕のリクエストで「Blu Tain」という確かTainのオリジナルのブルースをやってもらうことにする。単純ながら非常に興味をそそられる音使いの曲で、想像力をかきたてられるのだ。そして彼等の演奏が始まる...
曲目は少し前のアルバムからが中心。だが内容は全く違ってきている。特に「Like Kieth」(つづりがちょっと違うかな?でもキース・ジャレット風という意味のタイトル)はフリー度が増してものすごいインタープレイになっていた。バンドがいまだに成長過程にあることがよくわかる。恐ろしい...このままいったらこのバンドはどうなるんだろう...ブランフォードはやや時差ボケが残っているらしかったが快調。ときどきリードミスが目立つ。これは他の日も共通していて、その謎は彼の口から聞いたところによるとマウスピースのレールが細くなってしまい、リードが外にはみだしてしまう結果らしい。そのため後日、彼と楽器屋に行くことになる。
そしてアンコール。演奏前に彼曰く「よくあるようにおおげさに紹介するのはカッコ悪いから、曲が始まったら勝手に入ってきて吹け。あとで紹介するから」とのことで、しばらくフリーなイントロがあったあとテーマが始まり、タダセイなんと吹きながら登場してしまった...演奏は?まあ、これまでの中では一番落ち着いてやれたかなあ。周りの音もよく聞こえたし。楽しかったです。
終わってから話していて、水曜日にジャムセッションをやろうということになって、すぐ近くのBody&Soulで待ち合わせることにする。ところが、いざ水曜日になってボディーで待てど暮らせど彼は来ず、その日出演の辛島文雄TRIOのメンバーも24:30ごろには帰ってしまい、僕や知り合いの数人も帰ろうか、ということになってまさに腰をあげたその時に電話が店に入り、これから来るという。??なんで??今まで何してたの??ようやく来たブランフォードに聞くと彼等はBLUENOTEで僕を待っていたらしい。お互いに相手が来るものだと思いこんでいたところが笑える。ま、僕の英語力のせいか彼のジコチュウのせいか...だがお互いに「俺のせいだ、ごめん!」と謝り合うところが美しい!
もうセッションも出来ないので飲むことにする。が、車で来てしまったタダセイは飲めない。仕方なくソーダなどなめつつ彼と話す。たまたま友人のN嬢という優秀な通訳の方がこのセッションを楽しみに来てくれていたので、彼女に同時通訳をしてもらいつつ話したのだが、ブランフォードのまじめな社会人としての一面を見てしまった。政治・経済・宗教など実に深い話をしてくれたのだった。今現在のアメリカがおかれている状況について、実に深い洞察力でもって語ってくれた。頭もいいんだなあ...結局三時ごろまで話し込んでしまった。
金曜日には彼と石森管楽器で待ち合わせる。この楽器屋さんはリペアで世界的に有名なお店。おやじさんに直してもらうために、デヴィッド・サンボーン、マイケル・ブレッカーらがわざわざ日本まででかけてくるというのだからすごい。ブランは火曜日にここでテナーのリペアとオリジナルのマウスピースを試したのが非常に気に入ったらしく再度それを試すためとソプラノのリペア、さらにお店のために何本かお薦めの楽器を選定する作業をするために来店したのだ。
じつはこの日の午前中、僕が大変お世話になった管楽器店ダクの店長の坂巻氏のお葬式があった。まだ若かったのだが急な死で本当に残念だったのだが、その席でアルトの池田篤に会い、このあとブランと会うという話をしていたところ、彼も訪ねてきてくれて、一緒にブランが試奏するところを間近で見させてもらった。こういう時に、普段のミュージシャンがどんな練習をしているのかがよくわかるのだ。ブランの音は実に暖かくダーク。池田篤も含めて三人が気に入る楽器はほぼ同じものだった。好きな音の好みが似ているのだ。で、彼が吹いていたのはクラシックのアルバムに入っている曲の一節やレスター・ヤングのソロのコピーなど。レスターのコピーなどは本当にすばらしかった!きちんとジャズのルーツを押さえているのだ。
面白かったのは、試奏している楽器の中でブライトな音のものがあると、「This is good for Michael Brecker...」などといいながらブレッカーのフレーズのまねをするところだ。何となく雰囲気はでているのだが、何だかそのフレーズの下手さ加減がいい味を出していて、池田篤と二人で大受け!まったく茶目っ気のある奴だ。結局十何本かの楽器を選定したようだ。たいそうお疲れだったと思うが、いやな顔ひとつせず真剣に選ぶ姿に感激した。
[石森管楽器で試奏するブラン] そして金曜日。ようやく今度こそのジャムセッションが実現した。午前12:30ごろに彼が到着する頃には池田篤はじめ三木俊雄、石崎忍、野本晴美、トミー・キャンベルらミュージシャンも多数駆けつけ熱気にあふれていた。午前三時前ごろまで繰り広げられたセッションでは、メンバーのエリック・レビス、ジェフ・ワッツも熱演。タダセイもブランのオリジナルの難曲をやらされ、冷や汗を10リットルほどかかせていただいた。しかし、ジャムセッションでも全く手を抜かないどころか、オリジナルをやるという姿勢にもいたく感激。僕を鍛えるためにやってくれたと思うのは考え過ぎか(笑)。
[Body&Soulでのセッションの模様:写真提供 くにえさん] 最終日の2ndセットではGiggin、A Love Supreme全曲をやった。最終日だからというわけでもないと思うが、A Love〜のパート3でのブランとテインのデュオの迫力には圧倒されるばかり。このあとにシットインするのは当然気が引けるのだが、彼と共演できるのもこれでしばらくないと思うとやはり甘えたくなる。結局、Solarをやって終演。演奏はまずまず。力が入ってしまったかな...余談だが、今回思ったのは彼の吹き姿がジョン・コルトレーンに非常に似てきたということだ。かなり太った(失礼!)こともあってだと思うが、吹いているときの顔の表情は、息子のラビ・コルトレーンより似ている気がした。
終わってから楽屋に行くと、真剣なディスカッションが始まっていて近寄りがたい雰囲気なのでしばらく隅に引っ込んでおく。やはりこのクラスでも演奏後に色々と議論するんだなあと改めて思った。なあなあで終わらせていてはいい音楽などできるはずもないのだ。
議論も数分で終わっていつものブランが僕に歩み寄り、ハグ!この一週間の礼を丁重に述べる。これまでになく密接に話したり音を聞けたりしたことが本当にうれしかった。彼もお世辞ではなく僕のプレイを気に入ってくれているらしい。今まで自分がやってきたことが間違いではなかったことを確信させてもらった。これからもたくさんのことを彼から学ぼうと思う。本当にグレートな一週間をありがとう!!
[03.01.28]
弘前に行ってきた。金澤英明QUARTETの一員として、1/23,24の二日間のツアーだ。メンバーは石井彰p,金澤英明b,江藤良人dsという気心の知れた仲間だ。自分のグループと日野晧正QUINTET以外でのツアーは滅多にないのでとても楽しみにしていた。リーダーだと雑事に追われたり主催者と打ち合わせたりと休まる暇がないし、日野さんのバンドには独特のテンションがあるし、気楽という意味ではサイドメンでのツアーが一番だ。それも手の内を知り尽くした仲間となると、演奏は楽しいに決まっている。
出発した23日は、東京にも朝から雪が降るという寒さ。無事着陸できるのだろうか、という不安がよぎる。なにせ以前のSLASH!でのツアーの時は、青森空港上空でさんざん旋回したあげく三沢空港に降ろされた苦い経験がある。だが着いてみるとあら不思議、雪が降っていない。なんか拍子抜けで何事もなく着陸。今回主催のお蕎麦屋さん「たけちゃん」の車でお店に向かう。このたけちゃん、ジャズ好きが高じて自分の店を改装し、ライブができるようになんとグランドピアノを入れてしまった。今回はその新装開店記念ライブという訳だ。
お店に着くとまずはセッティング。ピアノの向きを調節してなるべくいい音になるようにしていく。ピアノの位置決めだけして、たけちゃんご自慢のお蕎麦をいただく。このお蕎麦、絶品でした。お店で出しているもの・福島産や茨城産のそば粉を使ったお蕎麦など、何種類か山盛り出してくれたのだが、どれもコシが強くて香りも素晴らしい。久々に蕎麦で感激しました!
[左から絶品そば・タダセイ・王子と北京原人?!後ろはたけちゃんの奥方] たらふくいただいてリハーサル。勝手知った仲間だけにスムーズに運び、あとは本番を迎えるのみ。二階のたけちゃんちの居間でくつろがせてもらう。19:00本番。今回は休憩なし、通しのライブを一時間半ほどやる。きょうのお客さんはわりとジャズ初心者の方が多いと聞いていたのだが、反応は上々。盛り上がりのうちに終了する。
ライブが終わればもちろん打ち上げ。近所のお寿司屋さんで寿司&鍋。たらふく食べて飲んだが、蕎麦がまだおなかに残っていていつもの打ち上げほど食欲が湧かなかった。蕎麦って腹持ちいいんだろうか?やっぱりあのコシが原因かもしれない。打ち上げにはあの南海の大エース皆川睦夫さんの実のお兄さまが隣にお座りになっていて盛り上がったのだが、彼曰く「自分は70才だが、まだまだ青二才です」だって!!じゃあ僕らはどうなるの?!いやはやそのお元気さに敬服いたしました。
[左からチケット・お店の中のお品書き・打ち上げで出たまぐろかま] 打ち上げも終わり、たけちゃん号でホテルに向かう。今回は2Daysなので通常なら二日間同じホテルだと色々と楽なのだが、あえてこの日は近くの岩木山の中にある温泉旅館「いわき荘」に宿を取ってくれてある。うれしいご配慮だ。いざ着いてみると露天風呂があるという。しかもこの時点で23:30。露天は24:00まで!急げ〜ってんでみんなで風呂に走り、露天に飛び込んだ。夜になってからやっと弘前らしく雪が本降りになっており、雪中露天風呂とあいなった!!いやあ最高。泉質もいいし温度もちょうどいい。江藤良人はさっそく雪の中に飛び出していった。こちらから見るとまんま北京原人の逆襲?!といった風情。裸で雪の中が似合う大賞があったら間違いなく彼が優勝だろうね。
盛り上がっていたのに掃除の人にやんわり追い出され、部屋に戻って王子彰としばらく飲んでいるうちに睡魔が襲ってきて気絶。朝まで爆睡となった。翌朝わかったのだが、金澤さんと江藤くんは夜中3:00ごろ再度露天に忍び込むことに成功したらしい。だが入っていたらヘルメットにライトを付けた警備の人が見回りに来て驚いたらしい。おとがめはなかったというから、僕も入ればよかった...
[いわき荘から見た岩木山] 翌24日はお昼頃に弘前のジャズ喫茶ユニオンのマスターが迎えに来てくれて、その日宿泊のホテルに早めに連れて行ってもらう。ユニオンは10年ほど前、村田浩さんのバンドをやっていたころに二度ほどお邪魔している。今、東京で活躍しているベースの工藤精はそのころ弘前大学のジャズ研にいて、ユニオンのマスターにはさんざんお世話になっていたらしい。懐かしい思い出など語りながらホテル到着。13:00にはチェックインできたので、16:00の集合までゆっくりできる。腹が減ったので王子彰と食事をとることにした。ホテルの最上階に鉄板焼きのステーキハウスがあるらしい。しかもランチ2000円でお肉にエビまでついている。いくっきゃないでしょ?そろそろ肉が恋しかったこともありバクバク食す。腹一杯になったところで部屋に戻りしばしお昼寝タイム。さきほど飲んだ昼ビー(昼間のビール)が効いていて一時間ほど気絶。あやうく集合時間に遅れるところだった。
[2000円ランチの内訳] 16:00にロビーに集合しお店へ。また到着一番蕎麦をいただく。またきのうと違った種類の蕎麦もあって大満足。また食べ過ぎた...満腹になったところでリハーサル。この日のスペシャルは金澤さんの友人で小樽在住の奥野義典さんというサックス奏者との共演。彼も弘前大学の出身で東京にもよく来ているらしく、渋谷毅さんのオーケストラなどに飛び入りしたりしているという実力派。リハーサルからとってもいい感じで、本番がとっても楽しみだ。
19:00開演。この日は昨日に比べて弘前大学のジャズ研などが大挙押し掛け超満員の盛況。しかもジャズに詳しい人が多く、のっけから大歓声・大盛り上がり。三曲目から奥野さんが入りバトルとなる。いやあすごい!フリー系のアプローチも得意らしく、タダセイあおられまくり。必死に食い下がる。彼と王子彰のデュオのBody&Soulも素晴らしかった。地方にもすごい人はたくさんいるんだなあ、と改めて感じた。
打ち上げでも盛り上がり、二次会でユニオンに顔を出す。懐かしさがこみ上げる。弘前大学ジャズ研も案の定たまっていた。彼等とも色々話ができ、大満足の弘前2Daysが終わっていくのだった。
[左:奥野氏とタダセイ 頭のあたりがお互いに... 右:たけや]
[03.01.22]
たったいま、今年の書き出しの西暦を「02」としていたことが判明!誰か教えてくれればいいのにぃぃぃ!!気をつかって誰も指摘してこなかったんだなあ...ん?それか誰もこれを読んでないってこと?!
横綱貴乃花が引退したね。何だか感無量です。というのも、彼が相撲界に入ったのが1988年のこと。タダセイが上京してプロ入りしたのも同じ年だったのだ。毎日のように「きょうの花田兄弟」みたいなワイドショーの企画を見て応援していたのを思い出す。それがまだ30才という年齢での引退。スポーツの世界は厳しいんだなあ...
個人的には彼の昔の笑顔、お兄ちゃんと二人で楽しそうに笑っていたあの笑顔が大好きだった。それが大関・横綱という地位に昇っていくにつれてどんどん影を潜め、マスコミ嫌い・無表情・無愛想というレッテルを張られるようになっていった。たしかにちゃらちゃらした横綱というのもいただけないが、大相撲がこれから存続していくためには、もう彼のような一種の被害者を出してはいけないと思う。横綱だからこうしなければならないとか、こういう事を言ってはいけないとか。そう言う旧態依然とした体質を変えていき、今の時代にあうようなスポーツにしていかなければ、ほんとにこの先危ないと思う。もう花田兄弟みたいなスターは当分出てこないのだから。土俵上で派手なガッツポーズするようなやつがいたっていいじゃないか?
ところで音楽の世界にも引退はある。だが、それはあくまで本人の問題。周りにとやかく言われたり、自分の地位・立場を考えての引退ではない。自分がもう楽器を思うように操れない、創作意欲が湧かない、などなど原因は人それぞれだろう。自分でも時々考えてみる。音楽をやめるときはどんなときだろう、と。だがいくら考えても想像できないのだ。自分のアイデンティティーは音楽以外にないし、音楽をやらないタダセイは多田誠司というただのくたびれたおぢさんなのだ。もう今更お札を勘定したりはできないのだ。ということは、音楽をやめる=自分が死ぬとき、ということなんだろうな。
今年はようやく後厄を抜けたし(結構げんかつぎするのです、タダセイは)いい年にしたいと思う。ますますいい音楽を皆さんに提供したいと思う。応援よろしくお願いします!
[03.01.03]
皆様、新年あけましておめでとうございます!今年もタダセイならびにtadasei.comならびにタダセイのひとりごとをよろしくお願いいたします。今年もひとりごとコーナーの最初は、昨年末の大晦日カウントダウンライブのご報告からいきたいと思います。
2002年の大晦日も、年越しは神戸メリケンパークホテルでの日野晧正QUINTETカウントダウンディナーショウ。2001年に続いての神戸での年越しだ。旅先での年越し、というのもまたいいものだ。東京にいて、都内のライブハウスを掛け持ちして走り回るというのも数年前までの恒例行事だったが、年齢を重ねてくると、さすがに掛け持ちにはいささか疲れてくるもの。素敵なホテルでのカウントダウンというのも、ゴージャスでいいかも。
夕方神戸に到着し、六時頃から一時間ほどリハーサル。今年も「年の始め」ジャズバージョンをやることに。さらに今年のハイライトは、地元甲南高校および大学のビッグバンドの学生たちが何人か招待されているらしく、その彼等を交えてのジャムセッション。日野さんによるとかなりハイレベルなバンドらしい。いやあ楽しみだなあ。日野さんもやる気まんまんで、「じゃあ5時くらいまでやるか!」なんて言ってスタッフを慌てさせている。むむむ、去年よりかなり長引くのか?そんな予感を抱えつつ一旦部屋に戻り本番開始22:00まで待機する。ホテルの仕事はこれが助かる。職住接近の最たるものだもんね!食事などしつつ部屋で紅白など見つつ少しうとうとする。
22:00いよいよ本番開始。最初の一時間はいつもどおりのレパートリーでの演奏。Black Jack,Nostalgia,Everythingなどを演奏する。一時間ほどやって一旦休憩。お客さんは年越しそばタイムに入る。23:30ごろ演奏再開。クリスマスにSTB139でやった加山雄三さんの曲Crazy Driving,Sweet Love of Mineを演奏したところでカウントダウンタイムに。携帯からの時報を拡声し、場内全員で3,2,1の大合唱。日野さんのHappy New Year!!のかけ声で2003年を迎えた。続いて「年の始め」の大合唱。不肖タダセイもマイクを持って歌いました。それに続いてジャズバージョン「年の始め」。アップテンポのアレンジは、原曲を越えた?!立派にジャズしていました。
その後、抽選会や鏡開きなど、行事を一通りこなしたところで、日野さんが学生たちを紹介する。この時点ですでに24:30。学生たちを交えてIn The Mood,川の流れのように,を演奏。Tpが7人くらい、TbとT.Saxが一人ずついて、ソロを回したのだがみんななかなか素晴らしい。特にTpのハイノートヒッターには驚かされた。これからが非常に楽しみな人材がそろっていた。そして最後にIt's There,Ember,Round MidnightをQUINTETで演奏して終演となった。時間はすでに午前二時!!まさにミッドナイトセッションだった。
控え室で、年越し(年越した?)そばなどいただきつつ、軽い打ち上げ。一年間、苦楽を共にした仲間同士、ビールで乾杯する。学生たちにサインしたり写真を撮ったりして、もっともっと盛り上がりたかったのだが、サテンドール神戸でのカウントダウンライブにも参加予定だった関係上、時間が押してしまって参加できず迷惑をかけたおわびと新年のご挨拶に行かねばならなかったので、日野さんはじめメンバーに挨拶して席をはずし、タクシーでサテンドールへ。すでに演奏は終わっていて、打ち上げモードに入っていた。何とか僕の出番を作ろうと長引かせてくれていたと聴き、土岐さんはじめ出演者のみんなにお詫びを述べる。そういえば2001年のカウントダウンは完全に掛け持ち状態だった(2002年ひとりごと参照)。今年もできれば参加したいと思っていたのだが、どだい掛け持ちは無理な話。タダセイ反省、です。これからは無理はしないことに決めました。結局みんなに迷惑をかけるもんね。
その後は一人で酒を勝手にかっくらい、いい気持ちでホテルに帰って寝よう、と思っていたら、ホテルの玄関でタクシーを降りようとした僕の目の前にドラムの藤山英一郎はじめスタッフのみんなが!飲みに行く、というのでまたそれにくっついていき、一杯飲んでから今度こそ本当にホテルに帰り寝たのでした。その時すでに朝の5:00。ああ、ジャズメンの元日なんて所詮こんなものなのね...とつくづく思いながら眠りにつくタダセイ42才であった...
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