タダセイのひとりごと

(2001.1~12)

(Update on 01.12.25)

[01.12.25]

 きのうのクリスマスイブは、これまでにない素敵な夜になった。毎年だいたいこのころはライブなりコンサートなりをやっている場合が多いのだが、今年はなぜか24,25とスケジュールがあいていた。そこに小川もこさんからのメールが。もしあいていたら24日にfor YOU 未来倶楽部(FMとやまの生放送番組)に出ませんか?とのお誘いであった。この番組はthe MOSTが発足するきっかけとなったゆかりの番組。断る理由はない。もちろんOK!となると当然ライブをやらされるだろうからパートナーを探さなければならない。じつはタダセイ、裏情報を得ていて、日本一忙しいピアニスト石井彰もこの日あいているのを確認していたのだ。彼にも快諾してもらい、ふたりはすんなり決まった。ところが後日、もこさんから再度メールがきて、この日あるスペシャルゲストが来てくれるかも知れないとのこと。誰だ????当社比300%の歌唱力の持ち主らしい。よくよく聴いてみると、その人はあの「会いたい」の沢田知可子さんだという。うおおおおおお!!素晴らしい!!!普段僕たちのようなジャンルのミュージシャンはまずお会いする機会がない方だ。これは面白いことになりそうだ、とワクワクしながら当日を迎えた。

 そして当日、現れた彼女はとっても気さくで素敵な女性だった。なんでも急性喉頭炎とかで喉の調子は良くないらしく、しゃべるのはとても辛そう...だがリハーサルではとてもそうは思えないほど素晴らしい歌を披露してくださった。やっぱりプロですねえ。ジャズメンでも、すっごいベテランの方などは楽屋では歩くのも辛そうに見えるのに、いざステージに立った途端ものすごい輝きを放つ方が多い。これがプロ根性!タダセイまたまた勉強させていただきました。

 ご一緒させていただいた曲は、「Have yourself a merry little Christmas」「ヨイトマケの唄」「会いたい」の三曲。「会いたい」は皆さんもちろんご存じだろうが、「ヨイトマケの唄」をご存じの方は少ないだろう。この曲は確か昭和30年代に美輪明宏さん(当時は丸山明宏と名乗っていた)が歌って大ヒットした曲だ。実は僕の実家にこのレコードがあり、子供の頃よく父親に聴かされていたのだ。父はうたごえ喫茶のようなところでは必ずこの曲を歌うほど好きで、僕もおのずと好きになり良く聴いていた。美輪さんの歌唱力はもちろん、その歌詞がなんとも心にしみるのだ。皆さんぜひぜひ聴いてみて下さい。フォーミラのページから一括ダウンロードで当日の番組が全て聴けます(Real Playerが必要)。

(ダウンロードはこちらから)http://www.miraiclub.com/houso/houso.html

[一番左が沢田知可子さん]

[01.12.14]

 きのうのBLUESALLEYはthe MOST+1、小島勉バージョン。当方のブッキングミスにより大坂昌彦ができなくなり、急遽応援を頼んだわけだった。事前に譜面、CD等は送ってはいたものの、たいていの場合(特にジャズメンは)予習してくるのはまれだったりする。ところがジマコ(小島勉の愛称)は非常にまじめな性格で、きっちり予習をしてライブにのぞんでくれた。リハーサルの時からばっちりで一安心。本番も、あの難解なthe MOSTのレパートリーをきっちりこなしてくれて、ほんとに感謝、です。ありがとね。惜しむらくはこの貴重なバージョン(しかもクリスマスソングまであり)をもう少したくさんの方々に聴いてもらいたかったなあ...

(大健闘!ジマコこと小島勉)

[01.12.13]

 きのうはHOTHOUSEで椎名豊とのデュオ初体験。二人とも旅帰りでかなりよれよれ状態だったが、演奏が始まるととっても密度の濃い内容になった。彼を知ったのは僕が東京に出てきてすぐの89年ごろ。そのころすでに若手のホープとして原朋直や大坂昌彦たちと大活躍していた。すっげ〜上手い奴らがいるもんだ、と感心していたものだ。その後、ジャズ維新などで共演する機会が増え、その音楽に対する真摯な態度、豊富な練習量に支えられた素晴らしいプレイに何度も感動させてもらった。レギュラーバンドとして活動することはなかったが、常に気になる存在、という感じ。

 最近はレジナルド・ビールやハーリン・ライリーらとの活動も定着し、長いツアーなども積極的に行っている。彼のすごいところはその全てのマネージングをどうやら一人でやっているらしいということだ。僕も基本的にフリーの立場なので、ブッキング・マネージング全てを自分でやっているのでその大変さはよく理解している。それが外人相手ともなると、連絡をとったり契約の話をしたりという困難さは想像に難くない。最近、ちょっとブッキングミスとかしちゃっている(今夜のBLUESALLEYも...)自分としては見習わなければならないところだ。

 さて今夜はBLUESALLEY。ドラムが小島勉に替わるが、基本的にthe MOSTのレパートリーをやろうと思う。クリスマスソングもいくつかやってみよう。この時期しかできないもんね。人に言われるとやりたくないけど、自分の意思でならいいのです。これってミュージシャンのエゴ??

[01.11.24]

 11/20、とうとうSLASH!も休止の日を迎えた。98年3月結成以来、メンバーチェンジがあったものの三年半に渡り活動してきたバンドの活動休止はとてもとても辛いものがある。色んな思い出が頭を去来する。最初のライブ、最初のレコーディング、最初のツアーetc...楽しかったこと、辛かったこと、色々あったが本当に楽しいバンドだった。メンバーに改めて御礼を言いたい。長い間、本当にありがとう!!

 この日のライブでは、今までの曲をほぼ全部やろうと意気込んだのだが、途中でダメだしがあった曲や御供信弘がやったことのない曲などがあり、いくつかは断念。しかし全部でなんと21曲!を演奏しとおしました!客席にはもう常連となってくれた人たちの顔、顔、顔...みな口々に「残念です。絶対復活してください!」と言ってくれる。うれしいことだ。そう、決してもう二度とやらないわけではない。またそのうち、バンドができたときみたいに「多田チャン、何でもありのバンドまたやろうか」となるかもしれないし。ちょっと休憩、そんなスタンスです。楽しみにお待ちください!

[Set List]

 1st
Brother"B"
Bonita〜Tomorrow's Song
Come Here〜Highway in the Night
Dec.2〜Pure Eyes
Tough Guy〜Minotauromachy

Slash!

 2nd
Westrand Ave.52〜Are You Sure?
I Don't Know What Jazzman is〜Awaking
Moon〜MIDORI
A Little Prelude〜June Bride
Hacker

Encore
Have We Met Before?〜Shall We Dance till Dawn?



[01.11.12]

 またまた「最近更新してないですね」との厳しいお叱りをいただき、恐縮しています。だってだってえええ、忙しかったんだもん!といきなりだだっ子になってみました。実際、先週はほとんど宮崎でゴルフしてたし、そのあとも新潟行ったりレッスンやライブと休む暇がなかったのだ。でもちょっとずつでもがんばるからね!

 宮崎では、ダンロップフェニックストーナメントの前夜祭の仕事で11/5の夜から宮崎入り。実際の仕事は7日の夜のみで、あとはほとんど自由時間。ホテルはシーガイアが誇るオーシャン45という最高のホテル、しかもトム・ワトソンゴルフコースが隣接している。となればいやでもゴルフするでしょ?というわけで、何年ぶりかでゴルフクラブを引っぱり出し、事前にホテルに送っておいた。コースを回るのはほぼ6年ぶりくらいか?サラリーマン時代はやはりそれなりにやってはいたが、東京にでてきてからはなかなかチャンスがなかったので、今回のチャンスを楽しみにしていたのだ。

 6日の朝、6:00に起き(信じられる?ジャズメンにあるまじき行為)朝食をしっかり食べ7:30にロビー集合。回るのは日野さん、田渕くん(マネージャー)、と青木功さんの知り合いの方二名。組分けは当然下手っぴの僕と田渕が二人で回ることに。セルフの電動カートでらくちんお気楽ゴルフ。しかもお客さんもほとんどいないようだ。

 何年ぶりで回ったわりにはまずまず(自分としては、ですぞ)の感じ。なにより楽しいし気持ちがいい。リフレッシュすることこのうえない。これを機会にまたゴルフにチャレンジしてみようと思う。

 翌日も同じコースを回る。今度は田渕とピットインの社長、佐藤さんの三人で回る。佐藤さん(良武さん)はスキーも一級だし、ゴルフもかなりな腕前。見た目もとってもダンディーな不良中年だ。彼に色々ラウンドレッスンしてもらいながらのゴルフになった。最近のミュージシャンがあまりゴルフをやらなくなったのがお気に召さないらしく、「多田、お前もゴルフとスキーは絶対やれよ!!」とハッパをかけられてしまった。確かに50代の人たちに比べ、我々より若い世代で(少なくともジャズ界では)ゴルフをやる、というのはあまり聴いたことがない。最近、岡崎好朗が始めたので一緒に打ちっぱなしとか行っているくらいだ。よし、絶対うまくなって、夢はダンロップフェニックスのプロアマ出場だあい!!

 そんなこんなでゴルフ三昧。だがちゃんとやることもやりました。6日は養護施設にプロたちとともに訪問。演奏をしたりグランドゴルフにプロが挑戦したり、と楽しい時をすごした。プロの中に、最終日デビッド・デュバルと死闘を演じた手嶋多一さんがいて、めちゃめちゃ明るい性格に驚いた。一番印象に残る人だったので、優勝争いはテレビで手に汗を握って観戦した。惜しかったですね!!

 そして8日、東京に帰る日となる。13:40の飛行機には僕と井上功一が乗ることになっている。あとの人たちはさらにもう1ラウンドして帰るらしい。うらやましい...だが、これが結果的にラッキーだった。空港内を歩いていると、なにやら色の黒い人たちが何人かうろうろしている。トロンボーンとおぼしきケースを抱えたやつもいる。あれ、なにかコンサートでもあったのかな?と思っていたら、飛行機に乗ってみてびっくり!最前列にあのソニー・ロリンズがいるではないか!!奥様とおぼしき方とお二人で仲良く話をしている。あああ、どうしよう、なにか話したいけど邪魔しちゃ悪いし、不機嫌だったら怖いし...と思い悩み、結局着陸までは何も話せなかった。たまたまスーパーシートだったので、僕の二列前にあのロリンズが座っている!同じ空気吸ってる!と気分はすっかりミーハー。着陸していざ降りる段になって意を決して話しかけた。「アー、ミスターロリンズ、アイプレイアルトサキソフォーン、アンドグレートリスペクトフォーユー...」etc.体当たり英語でしゃべる。とっても気さくな方で、笑顔で接してくれてうれしかった。日野さんをよくご存じのようで、そのあたりからとてもうち解けて話してくれた。「自由組曲が大好きだ」というと喜んでくれた。ツアー気を付けてください、と言ってお別れ。ああ、もう感激!!うれしさのあまり、サインも写真も撮るのを忘れてしまったアホな私...


[01.10.28]

 先週一週間、BLUENOTE東京にBranford Marsalisが出演していた。僕のアイドルである彼、本当は毎日でも聴きたかったのだが、仕事も何本か入っていたので月.木、土の三日間、合計4ステージをチェックしてきた。

 前回彼がBLUENOTEに来たのは三年前。その時に僕のCDを聴いたのがきっかけで飛び入りさせてもらって以来、メールのやりとりなどして親交を深めていたのだ。九月にNYへ行く予定にしていたときには自宅にディナーに招待されていたのだが、テロの影響で断念。非常に残念な思いをしたので、今回の再会をとても楽しみにしていた。今回も彼は、「いつでも楽器を持ってきてシットインしていいよ」と言ってくれて、その言葉に甘えて合計4回、アンコールの時に共演させてもらった。とても素晴らしい経験をさせてもらった。特にドラムのJeff Wattsはますますすごいことになっていて、しばしば振り落とされてしまった。グループ自体も、Kenny Karkland亡き後、新加入のJoey Cardelattzoが見事にバンドに溶け込み、Eric Revesもすっかり慣れてとてもいいバンドになったと思った。すごい曲を完璧にこなしていくその力量にただただ舌を巻いてしまった。

 つたない英語ではあるが、何とか彼らとコミュニケートもできたし、BODY&SOULに連れていってジャムセッションもできたし、僕自身は大満足だった。聴きに来ていたミュージシャン仲間や生徒、ファンたちにも「おつかれさん!!」と言ってもらってとても感激した。Brother"B"、今頃はNY行きの飛行機の中だろうな...ほんとにありがとう。

[Brother"B"とタダセイ]


[01.10.19]

 あああ、またまた一ヶ月もさぼってもーた。日記形式にするといいながらこのていたらく。生徒M嬢の「最近、更新してないですよねえ」の一言で傷ついたタダセイ、一念発起書くことにしました。

 この一ヶ月でのハイライトは、九月末の怒濤のツアー五連発と日蘭ジャズ週間。どちらも印象深い経験だった。

 まず、九月末のツアーは、9/27の日野晧正QUINTET小樽ヒルトンホテルに始まり、28the MOST鶴岡庄内国際村、29日野晧正QUINTET珠洲市、30日野晧正QUINTET小牧市、10/1Club TOKO SEXTET松本市という五本。ご覧になっておわかりのように、五日間に三つのバンドで違う場所でやったのだ。単純に三つのバンドの場合、譜面が三セット、衣装も三セットと荷物が三倍になる。しかも今回の移動はきつく、鶴岡から石川県珠洲市(能登半島の突端)までは、どうしても夜中の寝台列車で出発しないと間に合わない、というぎりぎりのスケジュール。石井彰とともに夜中の寝台で愛を語りつつ(おいおい)膝を交えつつ(おいおいおい)毛ずねからめつつ(おいおいおいおい)六時間かけて金沢まで行き、朝6:30に着いてすぐ迎えの車で三時間かけて珠洲市へ、という強行軍だった。

 翌日の珠洲市から小牧市への移動もなかなかのもので、朝9:00に出発して午後4:00に到着、6:30には開演という離れ業。いやはやミュージシャンは体力勝負ですわ。その次の日は今度は松本へ。Club TOKOの久々のツアー。神社の催しでの演奏という珍しい仕事。なんにせよこのメンバーが揃うのは至難の業。楽しみにしていた期待通り、全員素晴らしい演奏を繰り広げた。自分としてはとにかく五日間違うバンドをやり通せた、という満足感があった。

 それで終わりかと思いきや、じつはその翌日は東京に戻ってNHKに直行。日蘭ジャズ週間という催しの収録があったのだ。これは、今ヨーロッパでもっとも熱い、と言われているオランダのジャズをNHKが日本に紹介するという試み。日本とオランダは周知のように古くからの友好国。音楽を通じて交流するいい機会でもあった。

 正直言って、オランダのジャズメン、タダセイほとんど知らなかったです。ギターのジェシー(ファン・ルーラー)くらいかな、名前知ってたのは。それは奴らも同じはずで、「日本人にジャズ?無理無理」くらいのノリで来たに違いない(と僕は思っている)。メンバーは、As、Tp、G、P、B、DsのSEXTET編成。それに日本からTpのTOKU、Gの岡安芳明、Asのタダセイと三人がゲスト参加、それぞれバトルを繰り広げるという企画なのだ。

 一部は彼らのグループの演奏。オリジナルのみで攻める。結構コンテンポラリーなかっこいい曲ばかり。ヨーロッパのジャズってECMでしょ?なんて思っていたタダセイ、ちょっとジャズメン失格。知らなすぎ。メンバーの何人かはモンクコンペで優勝している実力者。あのジェフ・ワッツなんかとレコーディングしてたりするのだ。冷や汗たらり...でもここで開き直るのがタダセイの得意技。自分の能力以上のことはできへんわい!!となぜか大阪弁で開き直りの術。二部の開始を待つ。

 二部は最初ギターバトルから。バトルといえば、この岡安くんとはジャズ維新関係のバトルセッションで必ず顔を合わせたなあ。お互い、バトル要員だね!なんて冗談いいながら。始まってみればこれがとってもいい感じの、バトルというよりアンサンブル。なんか二人の愛が感じられるセットだった。うん、いい感じ!

 次はお待ちかねアルトバトル!相手のベンジャミン・ハーマンは33才。NYでディック・オーツに師事したこともある実力者だ。一部を聴いた限りではNYコンテンポラリーアルト(そういう分類があるとすれば、だが。わかりやすくいうとケニー・ギャレットに通じるあの感じ)の系統だと思った。かっこいいのよこれが。悔しい...でも日本代表タダセイ、別に勝ち負けはどうでもいいが実力を出し切っておきたい。彼との話で決めた曲は、Star EyesとCherokee。どちらもバップの名曲だ。Star Eyesではアカペラでの二人の絡みが楽しかった。お互いビバップを研究してきたのがよくわかる。あ、あいつあんなフレーズ吹きやがった、よーしそれならこっちはこれだあ!!みたいな。楽しいギャグの応酬みたいな演奏になった。そしてCherokee。この曲は演奏者の実力が試される試練の曲だ。超アップテンポのイントロ。あっというまにテーマが終わってタダセイのソロが先発。今までやったCherokeeのなかで、一番冷静に吹けたCherokeeではなかっただろうか。別に演奏の出来が最高だったというつもりはないが、自分自身納得のソロができた。そのあとのお客さんの拍手がとてもとても熱いものだったので、そんな雰囲気が伝わったのだろう。もちろんそのあとのベンジャミンのソロも秀逸だった。終わってからのインタビューで、彼が「I was scared...(恐ろしかったです)」とサービストークをしてくれたが、始まる前とあとでは彼の態度が全然違っていた。これはこちらもそうなのだが、我々ミュージシャンは音を出してなんぼ、というところがある。相手の音を聞けば一発でその実力、音楽の背景、といったものがわかってしまうのだ。そうして相手を認めれば当然仲良くなれるしリスペクトできる。音楽はまたしても国境を越えたのだ。

 Tpバトルも無事終わり、最後は恒例全員によるブルース演奏でエンディング。NHKーFM、BSともに放送されるので、皆さんお楽しみに。

 そしてその三日後には佐世保で同じ企画が催された。こちらはTpが原朋直に替わったが基本的な進行は同じ。スタッフ、ミュージシャンともに前日から前乗りして演奏に備えていたため、当日の昼間、オランダ側と市内観光に出かけることにした。このころには不自由な英語も何とか通じ(彼らはほぼ母国語のように英語をあやつる)コミュニケーションもとれて楽しい雰囲気に。

 観光は九十九島という島巡りの遊覧船に乗ることにした。九十九島とはいっても、実際は二千近くの島があるらしい。そこを芦ノ湖の遊覧船さながら小一時間かけて巡るわけだ。

 

(上:ベンジャミンasとにかく表情豊か 中:マティンds最年少ミカ・ハッキネンに似てるというと喜んでた 下:マイケルpジェシーg 

ジェシーいい男なんだなあ、これが...でも全然嫌みのないいい奴だった)

 

 船の上で特にベンジャミンとは色んな話をした。お互いの国のジャズ事情のこと、音楽のこと、生活のこと...今まで遠い遠い国だったオランダが急に身近に感じられるようになった。次は我々日本人がオランダに行き、ジャズを維新(古いか?)して来なければ、と思うタダセイであった。ちなみにこの日の演奏は東京公演にもまして盛り上がり、楽しい一日となったことは言うまでもない。

[01.09.16]

 9/11、世界を震撼させる出来事がおこった。アメリカで同時多発テロ発生。何千人もの人名が奪われた。アメリカは当然報復攻撃に出るだろう。こうしてまた紛争は起こる。いったい人類はいつになったらこのような愚かな繰り返しをやめるのだろう。

 こんなとき、音楽に何が出来るのだろう?自分の無力さを痛感する。ただ亡くなっていった人々のことを思って演奏する以外に出来ることはない。せめてそれだけでも、心をこめてやろうと思う。本当にこんなことが二度と起こりませんように...

 亡くなった方々のご冥福を心からお祈りします。

 P.S 17日からのNY旅行計画も中止。本当にがっかりです。頭にきてます。ぷんすか!!

[01.08.30]

 8/28、ついにアルナカラストライブの日が来てしまった。思えば結成5年以上になるこのバンド。色んなことがあったけど、楽しかったなあ...しみじみ。僕にとっては唯一といっていいほど楽しむだけのためのバンドだった。メンバーも気心しれた連中ばかり。何も言わなくても阿吽の呼吸でわかってくれる。とっても楽をさせてもらったバンドだ。永遠のライバル山田穣とのバトルを皆さんも手に汗握って(?!)ご覧になったことでしょう。

 そんなバンドにも、始まりがあれば終わりがある。自分の活動が多忙を極めること、メンバー各人がそれぞれリーダーとして自分の音楽をやるようになったこと、などなど、活動休止に至る理由は多々ある。まあ、ここらで一息いれましょ、みたいな感じかな?また同窓会みたいなライブもやるかもしれないし、これで永遠に終わったわけではないのでご安心を。

 当日は14:00ごろから並んでくださる熱心なファンの方を始め、遠く山形や四国からも駆けつけてくれて、約160名の超満員のお客様でいっぱい。こちらもいやがおうにも盛り上がるってもんです。一曲目のハンクスムードからもういきっぱなし。全力で駆け抜けました。途中、せっかくなので全員にインタビューコーナーを実施したところ、最後に回ってきたヤマジョーが、これまでの寡黙なイメージを全く裏切る爆笑オトボケトークで場内騒然!!しかもとどまるところを知らず延々10分間に渡ってしゃべりまくった。これには僕を始めメンバー、お客様ともに大爆笑。いやあ、ほんとにこんなヤマジョーは初めてみました。トーク系のバンドとしても十分売れたのに...と悔やんでもあとの祭り(爆)。 

 でもほんとに皆さん、応援ありがとうございました。このバンドほど、皆さんの熱い思いを感じたバンドはありません。ラストライブでもほんとに盛り上げていただいてうれしかったです。懐かしい顔もたくさん見かけました。最近ご無沙汰だった方々も、こういう機会にまたライブに足を運んでくれるようになることを祈っています。

 ありがとうございました!!

[1st]

1.Hank's Mood
2.Nana's Dance
3.Calling Miss Kahdija
4.Stupendous-Lee
5.Fuller Love

[2nd]

1.Thespian
2.Time will Tell
3.Ballad Medley
God Bless the Child(Joe)〜Tenderly(Yoshi)〜Emblaceable You(Seiji)
4.Better Get it in Your Soul
Encore.Whoopin' Blues


アルナカラストライブ写真集

[左:ヤマジョータダセイ 右:タダセイヨシロー]

[左:ヤマジョーの爆笑トークにずっこけるタダセイ 右:全て終わってご挨拶]

[左;お疲れさま!記念撮影 右:ファンの佐藤氏作のパネル]

[01.08.16]

 8/10、11と、ベースの荒巻茂生の仕事で四日市、新宮のツアーに行って来た。荒巻茂生の実家は三重県南むろお郡鵜殿村第五分団。和歌山との県境に位置する日本一小さな村だ。今回のツアーはいわば彼の凱旋コンサート。ありがたくも地元の方から僕をご指名いただいたのである。新宮市は鵜殿村の隣町。川を越えるとそこは和歌山県新宮市という関係にある。僕は彼の紹介のたびに、この日本一小さな村のことも紹介し、ネタに使わせてもらっていた関係で、今回その村を車で通る、ときいてとても楽しみにしていた。以下、そのツアーの模様をかいつまんでご紹介しよう。

 ツアーといっても今回は全員ばらばらな行程。東京から電車で行くのは僕だけで、あとは荒巻茂生と江藤良人が東京から車で、石井彰と越智順子は大阪から電車で、という感じ。僕は昼すぎの電車で名古屋経由で四日市に16:00前に到着。四日市のライブハウス「ビーボ」のマスターが車で迎えに来てくれる。すでに車にはオチジュンと石井が待機。再会をよろこびつつビーボへ向かう。オチジュンとは以前、NHKのセッション505で共演している。今秋から彼女のバンドにも参加することになっていて、今回の共演もとても楽しみにしていた。

 ビーボに着くも未だにバンマス荒巻茂生は到着していない。なんでも東京を12:00ごろ出たとのこと。ええっ?!この時期、帰省ラッシュでそれじゃまずいんじゃないの??と思ったら案の定、浜松で渋滞30キロ。ライブの開始は8:30だが、それにも間に合いそうにないとのこと。最悪の場合、最初のセットは石井、越智、僕の三人でやらなければならない。まあ、でもコード楽器もいることだし、逆に面白いものができるかもしれない、とポジティブに考え、リハーサルをやってみる。ここでひとつの案が僕の頭に浮かんだ。the MOSTのCDに入っている「ベティーブルー」を三人でやったらどうなるだろう?ボイスのような感じでオチジュンに加わってもらったら面白い効果がでるかもしれない。試しにリハをやってみると、うん、面白い。オチジュンは慣れないやり方で四苦八苦だが、まんざらでもなさそう。よし、やろう!!

 リハのあとホテルで待機する。荒巻組はなんとかぎりぎり間に合うかもしれない、という情報が入る。う〜ん、ちょっと複雑...心はすでにデュオ+オチジュンに傾いていたので残念な気も。ま、でも地元の人にとっては間に合うに越したことはないわけで、無事を祈りつつ待機する。

 本番直前荒巻組到着。かなりばてばて状態。そりゃあそうだろう、ほぼ八時間車に乗りっぱなしなのだから。少しだけ休んでもらって本番。やはり全員でやることに変更する。二曲ほどバンドでやってオチジュン登場。一曲目からとばす。いやあ、この人はほんとにファンキー。ジャズ、ゴスペルどちらもソウルフルで一緒にやっていて気持ちがいい。お客さんも正直で、自然と体が動いているようだ。盛り上がりのうちに前半終了。休憩時間にオチジュンが、「次のセットでベティーブルーやりません?せっかくだから」と提案。うん、こんな機会はめったにないのでやらせてもらうことにする。

 後半戦の最初にベティをやることにする。荒巻、江藤両氏には少し待ってもらって三人でステージへ。オチジュン、少し緊張気味?!そりゃそうだよね、いきなりメロディー覚えさせられてしかもボイスで参加、っていうのは緊張するわなあ。だが始まったらさすがプロ、とてもとてもいい感じな世界が展開する。今回はわりとブルージーな雰囲気になっていく。共演者によって当然雰囲気は変わっていく訳で、これがまたジャズの醍醐味だ。一期一会の素晴らしいセッションが終わり大きな拍手をもらう。その後のステージも大盛り上がりで初日は大成功のうちに終了。お疲れさまでした!!

 さて翌11日はいよいよ鵜殿村を通って新宮へ。渋滞を避けるため、僕と石井、オチジュンの組はビーボのマスターの車で朝8:00にホテルを出る。荒巻組も一緒に出るはずだったが、案の定起きていない。ゆうべも深酒だったようだ。なにせ地元だもんね。我々だけ先に出発。普段で車で四時間かかる行程らしい。渋滞を予想して早く出たが、案外すいていて拍子抜け。12時すぎには鵜殿村を通過する。あったあった、日本一小さな村の看板。車を止めてもらって写真をとる。なんでここまでやってるんだろう??とも思うが、一度は見たかった噂の鵜殿村、広報部長として全国に宣伝いたしましょう!!

 ほんとに小さな村だった。山と海に挟まれた狭い土地に民家が集中していて、思ったより開けた感じ。こののびのびした環境の中で荒巻は育ったんだなあ、と思うと、とても納得。

 

 午後一時ごろ新宮到着。会場、宿泊ともに同じホテルでありがたい。荒巻組到着まで部屋で休む。午後五時からリハーサル開始。ほぼサウンドチェックだけで終了。あとは本番。きょうは荒巻の親戚ご一同がいらっしゃるらしい。チケットも完売状態。盛り上がり必至だ。

 きょうのステージは一回のみ。19:30スタートで最初にトリオで一曲、そして僕が入って一曲、スタンダードをやってオチジュン登場。こてこての関西弁でのステージは、あっという間にお客さんの心をつかむ。実にうまいステージングだ。勉強になります。

 ゴスペル、ジャズなど多岐に渡る選曲も面白い。アンコール含めて二時間弱、一気にやって終了。CDもかなり売れてよかったよかった!!さあ、打ち上げだあ!!新宮といえば海のそば。新鮮な魚介類に期待が...で、連れて行かれたところが居酒屋だるま。店に入って笑ったのが、表ののれんに書かれただるまの絵とマスターがあまりにそっくりだったこと!この写真をご覧下さい!!

 料理も最高。あわびの刺身に始まり、おいしいお寿司などなど、心づくしのお料理をいただいて満足。メンバーはここで解散だったが、荒巻はこれからが本番とばかり闇に消えていった...地元でゆっくり羽根をのばしてね!バンマスお疲れさまでした。


[01.07.28]

 ジャズフェスツアーが一段落して東京に帰ってきた。思えば先週の金曜日から、南郷・倶知安・軽井沢、そして舞浜と、四カ所六日間のツアーだった。初日は青森県の八戸の近くの南郷村というところに前乗り。東京と比べてあまりにも涼しい(寒いくらい)のにびっくりした。もう10年くらい続いているらしく、村をあげてのお祭りと化していた。こういう村おこしにジャズがお役に立てるのはとてもうれしい。八尾のときもそうだったが、地元の人たちの熱い思いというのは僕たちの心を鷲掴みにする。この日はサウンドチェックだけであとは前夜祭。地元の方々と一緒に酒を飲む。地元のバンドも入っていて、にぎやかに演奏していた(ちなみにこのバンドのテナーサックスとピアノのご夫婦とはそれぞれ別個にかなり以前からの知り合い。だがふたりの結びつきは知る由もなく、世間は狭いと感慨ひとしお)。東京からはTOKUのバンドも来ていて、メンバーも顔見知りの連中ばかり。「飛び入りのTOKU」の名のとおり(?!)さっそくTOKU が乱入してジャムセッションと化した。楽しい一夜がふけていく...かなり酔っぱらって後は部屋飲み。石井彰、佐藤恭彦、TOKUという珍しいメンバーで飲む。結局最後まで残ったのは酒を飲まないTOKUと僕だけ。気が付けば朝。いや〜飲んで話して楽しかった!

 翌21日は本番。だが日野晧正QUINTETはトリの出演。したがって待つ。ひたすら待つ。このツアーは待ち時間との戦いでもあった。ホテルと会場が離れている場合が多く、輸送手段もないため団体行動を取らざるを得ない。他のバンドも聞きたいのだがしょうがない。特に今回、舞浜をのぞく全てでケニーギャレット率いるGMプロジェクトとカップリングだったため、聞きたかったのだが...

 会場に着くと藤原清澄グループが演奏中。この方は実は僕の出身校高松高校の6つ上の先輩なのだ。ここでも世間は狭いなあ、と感慨ひとしお。和楽器を加えた斬新なサウンドで迫る。そしていよいよ我々の出番。待った鬱憤を吹き飛ばすかのような演奏。日野さんとの演奏は久しぶりだったため緊張もしたが、徐々に感覚を思い出してきた。そうそう、このテンション。これが日野晧正QUINTETの醍醐味だ。う〜ん、気持ちよか〜〜!

 翌22日は北海道の倶知安へ移動。なんと朝7:30出発。まず青森空港までバスで二時間。そこから千歳空港まで飛行機で一時間。そこから倶知安までバスで二時間。という過酷なスケジュール。そのバスの中で、ケニーギャレット(以下、ケニーさん)と仲良くなった。彼はとても上手に日本語を話すのだが(日本語学校に通っているほど)それに飽きたらず、日本にいる間は日本人に積極的に話しかけ教えを請う。バスの中で即席日本語講座となってしまった(とほほ、眠れない...)。

 

[移動途中の道の駅]

 ようやく到着したと思ったらひどい雨が降ってきた。野外のフェスティバルの最も怖い敵、それは雨。お客さんはどうするのだろうか。気になる。本番の時もますますひどい雨で、ビニールの屋根に雨がばしゃばしゃと降りかかる。でもお客さんは傘や合羽でずっと待っていてくれる。「サウンドチェックなんかやりながらでいいから早くやってあげようよ。お客さん可哀想だよ。」という日野さんの優しいことば。セッティングが出来たと思ったらすぐに演奏にとりかかる。このあたりが日野さんのエンターテイメントのひとつ。お客さんを第一に考える。雨の中、ずっと聞いてくれる人たちのために最後はタップダンスまでサービスというフルコース。本当に勉強になる。素晴らしいアーティストだと思う。

 翌23日は移動日。軽井沢に乗り込むだけで演奏はない。でも朝7:30の出発。とほほ...かわいそうなのはケニーさんたち。このあと山形で演奏して次の日軽井沢で我々と合流しすぐに演奏。いやあハードスケジュールだ。むこうのミュージシャンはみんなタフだ。でなければ生き残れないのだろう。しばしのお別れをして軽井沢へ。午後四時前には着き、しばしの休息。さすがに東京よりは涼しいが、倶知安からくると暑い。夕方になってようやく出かける気になり、駅前のアウトレットモールへ。実はタダセイ最近アウトレットにはまっていまして、御殿場のアウトレットなどはもう何回も行っているのです。で、この日も物欲がふつふつとわき上がり(でも安いんだよ)買い物三昧。フェラガモの靴だけは一晩考えることにしてホテルへ帰る。きょうの楽しみはあとは夕食だけ。このあたりに詳しい宮川由美嬢(TOKUおよび日野さんのマネージャー)のご推薦で、駅前の中国料理店に出向く。そこでメンバースタッフで紹興酒やらなにやらで盛り上がりまたも酔っぱらい。でもうまかったなあ、ここの料理は。今度も絶対行こう。

 24日になっても時間はゆっくりすすむ。会場が同じプリンスホテルの宴会場なので職住接近なのだ。10時頃まで寝て、ゆっくり朝食。その後、読書などしつつ時間をつぶし2:30サウンドチェック。30分で終わり、そのあと20:20まで自由。またも待ち。で、きのう買いそびれたフェラガモの靴を買いに行くことに。フェラガモの靴は一度履くとやめられまへん。ただ難点は高いこと!ところがこのアウトレットだと約半額で購入できるのだ。悩んだあげくお買いあげ。お値段??内緒!!

 ようやく夜がきた。きょうこそは、とケニーさんたちの演奏を聴きに行く。ベースのチャーネットはウッドとエレベを同じように使い分け、超絶技巧に物をいわせて場内を興奮の渦に巻き込む。ケニーさんのアルトもよく鳴るし歌っている。間近で聞くとやっぱりすごいね!個人的にはこのバンドのピアノのカルロス・マッキーニが一番気に入った。タイムの感覚が自分と似ているように思った。

 彼らのバンドが盛り上がりすぎて時間を30分近くオーバー。こちらはみんな待ち疲れでイライラ...ここでも演奏はイライラを吹き飛ばすかのような火の出るような演奏になった。ジャズでここまで盛り上がれるのは日野さんをおいていないんじゃないだろうか。端で見ていて感心しきり。もちろん自分だって負けてはいられない。120%の演奏で答える。場内大盛り上がりの中終演。しかし拍手が鳴りやまず、主催者の意見でジャムセッションを一曲やることになる。GMプロジェクトのメンバーに、僕と日野さんが加わる形になるという。ついに僕とケニーさんのバトル実現!曲はNow's the Timeというブルース。不思議と冷静に演奏できたと思う。こういうシチュエーションで力まずに演奏できるようになるのが自分の課題だと思っていたので、とてもうれしかった。ケニーさんはケニーさん、僕は僕。そんな感じでやれたと思う。

 終わってから日野さんから「よくやった!」とお褒めの言葉をいただいた。うん、音楽やっててよかった!!

[左からタダセイ、ケニーさん、石井、井上]

[01.06.28]

 the MOSTのCD発売記念ライブが一段落した。ゴールデンウイークの関西方面ツアーに始まり、都内三連続ライブ、東北方面ツアー、八尾コンサート等々、色々なところで色々な人たちにthe MOSTの音楽を聴いていただいた。どこもおかげさまで満員のお客様で、CDの売り上げも好調。まずは順調な滑り出し、といったところ。

 都内のライブは僕自身でブッキングしているのだが、ツアーとなると多くの人の助けが必要となってくる。特に不景気の昨今、ジャズのようにもうかるべくもないマイナーな(思いたくはないが)音楽のためにリスクを背負ってまでライブを実現してみようと思う人はあまりいないだろう。しかし今回の東北・北海道・北陸・関西の主催者の方たちは本当に熱意にあふれた方たちばかりだ。鶴岡レキシントンの鈴木氏、秋田キャットウオークの太田氏、札幌くうの山本氏、八尾の武内氏...彼らのジャズにかける熱い思いというのは半端ではない。まだまだ出来たばかりのグループ、the MOSTを、CDを聞いただけで呼ぶ、というのはある意味「賭け」だと思うのだが、気に入ったミュージシャンには徹底的に応援する、という強固な信念がそこにあったように思う。

 全国のライブハウスオーナー、イベント主催者の方々、ぜひthe MOSTを一度あなたの町に呼んで下さい!必ずご期待に添えることを約束します。

小川もこさんによるツアー報告ページリンク集

大分サラさんの八尾コンサート報告ページ

[ツアー中のお宝ショット]

01.06.08 空港にて 出発前のメンバー 眠そう...

左:ほれぼれするぜタダセイ 出番前  右:ほれぼれするぜタダセイ リハーサル中

レキシントンオーナー鈴木氏(右端)小川もこ嬢(右から二番目)

鶴岡レキシントンの打ち上げ三連発 

おいしかったのよこのたけのこが

01.06.10 札幌くうの打ち上げ オーナー山本氏(左端)

左:富山の名店「だいどころ屋」のご主人と  右:そこでぱらようタダセイ(いとかなし)

[01.05.24]

 コルゲンさんが死んでしまった。また一人、素晴らしいミュージシャンがいなくなってしまった。

 鈴木コルゲン宏昌さんとは、この3〜4年のお付き合いだが、僕の演奏をとても気に入ってくれてセッションによく誘ってくれた。渾身の力を込めて鍵盤にむかう姿にいつも感動していた。ミュージシャンとしても人間としてもとても魅力あふれる人だった。トコさんのお通夜の時に、一緒に演奏したのをきのうのことのように思い出す。

 本当にこのところ身近なミュージシャン、ライブハウスオーナーが次々と亡くなっていく。さみしい...

 コルゲンさん、天国でトコさんやマイルスとご機嫌なセッションやってくださいね。心からご冥福をお祈りします。


[01.05.05]

 世間はGWである。どこへ行くのも大渋滞、長蛇の列。つくづく日本のお父さんは大変だな、と思う。幸か不幸かこういう仕事をしているためこの時期は毎年ほぼ連日仕事である。見事に仕事である。なので都内で動く分には道路がめちゃすきで非常にありがたい。

 連休前半には関西方面にthe MOSTの初ツアーをやってきた。発売日までまだ一ヶ月近くあるにもかかわらず、レコード会社がんばりました。ツアーの前日に盤が完成、その日にとりあえず百枚出荷して大阪に発送、ライブ当日の午後には会場に届く、という離れ業をやってのけた。おかげで超満員の大阪Mr.KELLY'Sはじめ神戸SATINDOLL,宝塚音楽の森at MCCSでも大好評。帰京した日のお茶の水NARUのライブまで入れて四日間で100枚あっという間の完売でした。次回の入荷は5/10(ちなみに僕の誕生日)の予定。それまでお待ち下さい!

[大盛り上がり大会となったMr.KELLY'S]

 [おちゃなるでなぜかたたずむマサ34才...字余り]

 そしてもうひとつ、僕にとっては初のパーソナリティーデビューが5/3JFN系列「昼サイドアベニュー」という番組で実現した。この番組はもう10年以上続いているJFNの看板番組。おしくも東京でのみ聴けないが、全国ネットで民放FM局から聞くことができる。この番組の木曜日担当押しも押されもせぬ看板DJ小川もこさんの推薦で、彼女と三時間生放送にトライすることになったのだ。

 これまでもゲストとしての参加は何度かあった。だがその場合は自分の事を基本的に聞かれて答える、という楽な立場だが、今回の場合は一応メインパーソナリティーとして出ずっぱり。いつもとは違う緊張感だ。途中、the MOSTのミニライブやミニジャズ講座などもはさみながら、ゲストにオリエンタや南佳孝などもゲストに迎えつつ何とか三時間やり終えた。いやあ疲れるものです。だけどちょっとやみつきかも。まわりも結構おだててくれるし、これを機にDJデビューしたりして?!


[01.04.19]

 いくら何でも三ヶ月も日記をさぼっちゃいけませんな。海外に行っていまして、という言い訳もそろそろ通用しないし(インド・パキスタン旅行記はアップしているわけで)。というわけで最近のご報告。

 カンボジアに行って来ました。こちらは旅行記にするほどの長さでもないのでこちらにその感想を書くことにする。3/30〜4/5まで約一週間、カンボジアのプノンペンに行って来た。これも日野晧正QUINTETの一員としてだが、今回はチャリティー目的。日本でもカンボジアのためのチャリティーコンサートをやっている日野さんが、募金を直接届けに行くというツアーだ。TVクルーや一般のファンの人たちも同行するなど、大所帯での移動となった。

 普通に暮らしていればまず訪れることのないであろう国のひとつがカンボジアだろう。日本で聞くこの国の情報ときたら「地雷 ポルポト 内乱」といった不安要素ばかり。唯一アンコールワットの遺跡が有名なくらいだ。しかし実際に訪れてみると、人々の表情がなんとも明るい。悲壮感がないのだ。ここ数年ようやく平和が訪れたということも関係しているだろうが、人々が活気にあふれている。戦後の日本もこんな感じだったのでは??いきなり予想とかなり違っていてうれしかった。

 コンサートはVIPの前での演奏と子供たち4000人を集めてのコンサートの二公演。断然子供たちの前でやったほうが楽しかった。子供は万国共通、その純粋な感性には驚かされる。半数が孤児、というこの子たちにも悲壮感はない。運命をポジティブに受け止めざるを得ないのだろうか。この子たちが成人する頃にはきっとこの国も成長をとげていることだろう。

 パーティーではカンボジアのサックス奏者と対面。ロシアに留学経験があるなど、クラシックではかなりの腕とみたが、なにせ国内にサックスが四本しかないお国柄。修理やリードなど部品の調達もままならないだろうと、日本から何か送ってあげることを約束する。ジャズバンドを立ち上げたらしいので、アドリブの教材などを送ってあげることにした。

 オフの日はほとんどプールサイドで日光浴。読書にあけくれる。おかげで「ハンニバル」読破。面白かった!映画も見てみようと思う。一日だけ市内観光に出る。といってもカンボジアの特産品などあまりなく、買い物は適当にしてポルポトの収容所跡地の博物館へ行く。ここはすごかった。言葉を失うほどのショック。元小学校の建物がそのまま強制収容所となり、現在は拷問器具などがそのまま展示される博物館になっている。処刑された人々の写真が展示され、さびたベッドや鎖がそのままになっている。拷問の様子を再現した絵が飾られ、独房には血糊のようなものがしみこんでいる...

 同じ人間、しかも同じ民族同士でなぜにこのような蛮行が行われるのか?僕には信じられない。理不尽に二百万人もの人が殺されたという事実。いざ自分がその場に居合わせたら...やはりそうしたかもしれない。そのくらい人間は流されやすい、洗脳されやすい弱い生き物なのだと思う。何とも言えない気持ちでその場をあとにする。しかしこの現実を知らない限りカンボジアは語れない。見て良かったのだ。そう思うことにする。

 ヘビーな気持ちにもなったが、子供たちの明るい笑顔に救われたカンボジア公演だった。今度は見逃したアンコールワットを見に来るぞっと!!


[01.01.09]

 おくればせながらあけましておめでとうございます!とっくに仕事は始まっているというのに、こいつは何をのんきなことをいっとるんだ、とお叱りを受けそうだが...自分としては正月休みが四日間しかなかったので、その間はPCを触る気にもなかなかなれず、志賀高原スキーツアーが終わってようやく正月気分が抜けたところなのだ。それにしても志賀高原、すごかった!まず南国育ちの私には雪はとにかく珍しい。そして降ったり積もったりしているのを見ると訳もなくうれしいのだ。今回は仕事とはいえ丸一日半滑る時間があったので、スキーほぼ初心者の自分にとってはとてもとても充実した三日間だった。

 今回のツアーはFM富山の人気番組、我らが小川もこさんがDJを務める「For You 未来倶楽部」主催のもので総勢約80名という大所帯だった。そのうちの何割かは我々「多田誠司QUARTET2001スペシャル」の演奏が主目的で参加してくれている。はるばる長崎や大分などから自費で志賀高原まで来ていただくなんて本当にありがたいことだ。石井彰 p、佐藤恭彦 b、江藤良人 ds も、重い楽器を雪の中スキー場まで運んだ甲斐があるというものだ。

 6日15:00ごろ現地到着。長野駅からバスで一時間強のところにある発哺温泉の界隈はすでに氷点下10度の世界。「ウッドベース持ってくる環境じゃねえ〜〜〜〜」とベースの佐藤(通称ハチ)くんが吠えるほど我々の想像を絶する世界だ。周りのスキー客からすれば我々の姿は何とも異様に見えたことだろう。俺たちだってすぐにもすべりたいんだよおおお、という欲望をなんとか静め、夜の演奏に備えることにする。もこさんたちはすでにゲレンデで滑っているらしく、さびしく夜を待つ。

 夕方になってみんなが帰ってきて合流。夕食ですでにビールをいただいていい気持ちになりながらサウンドチェックに向かう。事前の打ち合わせではピアノは使えない、とのことだったので、ピアノの石井彰は重いキーボードを電車で担いで持ってきてくれていたのだが、いざ会場に行ってみると何とかピアノが使えることが判明。「俺の苦労は何だったんだ〜」という石井の遠吠えはむなしく銀世界に吸い込まれていった。人生って、人生って、悲しいものなのねえ...

 サクッとチェックをすませて待機。今回は番組の公開録音中に二曲、そして収録後に三曲程度の合計一時間あまりのステージ。JAZZを初めて聞くお客さんが多いとのことなので、スタンダード中心の選曲にすることに。でもこのメンバーじゃあスタンダードやっても一筋縄ではいかないのよ〜〜〜ん!!

 さて本番開始。最初に「いつか王子様が」をやる。これは白雪姫の中の曲。もちろん白雪姫のようないでたちのもこさん(といっても白のフリース・スパッツ・長靴というスキー場ファッションではあるが...)に捧げる曲だ。少しトークがあって次に「Night&Day」というスタンダードナンバーを。これはジャズファンのはのすけさんのリクエストだ。夜も昼もすべりたいよ〜という感じでやってみたんですが...

 収録はここまで。インターネット放送ではこの二曲が聴けるはずだ。実際はそのあと会場のお客様のために30分ほどのミニライブもやったのだ。そこでは、はるばる大分から駆けつけてくれたサラさんがなんとお誕生日ということで、「Happy Birthday」と「黒いオルフェ」を彼女に捧げる。途中、僕・石井・佐藤の三人がサラさんを取り囲み(江藤は物理的に無理で、あとでめちゃめちゃ悔しがっていた!)宮廷音楽隊のように音楽を奏でたのだ。サラさん感涙にむせぶ、の一幕。そして「When You Wish upon a Star」「A Night in Tunisia」とおなじみのナンバーで終演。ジャズは初めて、という方が大多数だったにもかかわらず、「すごい迫力」「元気をもらった」「めちゃくちゃ感動した」と口々にお褒めをいただきこちらも感激。ジャズって決して小難しい音楽ではないということを少しでもわかっていただけたらこんなにうれしいことはない。CDもたくさんお買いあげいただきありがとうございました!

 さて演奏が終わったらあとは飲むだけ。もこりすと(もこさんのファンはこう呼ばれる)たちの恒例大部屋飲み大会に参加させていただくことに(小川もこさんのページに参加者の報告ページのリンクがあります。壊れたタダセイの写真も公開されているとか...)。温泉にゆっくりつかって部屋を訪ねるとそこはすでに阿鼻叫喚の世界。30人はいただろうか、座敷に思い思いのかっこうで座り込み酒を酌み交わす。女王もこ様は押入に腰掛け、下々の者どもを上から悠然と見下ろしている。あああこれがスターなのね。楽器を持たなきゃただのおぢさん以下の我々ジャズメンは、疲れも手伝って速攻で壊れ、乱痴気騒ぎを繰り広げる。酒瓶がそこら中にごろごろ転がる中、明日のスキー(ほぼ初心者)に備えて一足先に失礼する。時計は午前二時。明日は9:00出発。これはきついぞおおお...

 明けて7日。前日は吹雪いていたというのにこの日は嘘のような青空!う〜んこういうとこでも日頃の行いがでるのね。朝食もそこそこにレンタルしたスキーを履いていざ出発。みんなが出発する前に、スキー一級の腕前のもこ先生が僕と佐藤をしごいてくれるという。ところが佐藤は群馬出身。小さい頃すでに父親と滑っているのだ。ブランクがあるとはいえ、子供の頃に覚えたものは体が忘れない。う、うまいやんけえええええ!すでにそのころには2〜3回こけている僕を後目にやつはスイスイ滑っていく。や、やばい。これじゃあみんなについていけないかも...やさしいもこ先生が親切丁寧に教えてくれて、ようやく去年のボーゲンを思い出してきた。「大丈夫だよ、みんなと一緒にいこ」という先生の言葉を信じた私がバカだった。30人弱のスキー参加者たちはさすがFM富山制作の番組だけあって全員雪国育ちのスキー上級者。よたよたしているのは僕と生まれて初めてスキーをする江藤良人くらいなものだ。その後の地獄絵図はとても言葉では表しきれない。志賀高原は三日かけないと回りきれないくらいの多くのゲレンデがフリーパスで何度でも滑れるところ。そこを次々と滑っては次へ、滑っては次へ、と引き回されていく。しかもその間こけた回数は50回ではきかないかも...だが上級者の皆さんもこんなタダセイを親切に根気よく教えてくれる。いつも最後尾になる僕を我慢強く待っててくれる。あああ、人のやさしさがこんなにうれしいものだとは。みなさん、ありがとね!

 結局その日と翌日の午前中の丸一日半滑って、どうにか恐怖心も少なくなりこける回数も激減した。スキーを楽しむことができるようになってきた。1/23、24の岩原PIT INNのライブのときに復習して、よりうまくなりたいと思っている。そして来年のツアーにも絶対誘ってくれるように念をおしてきたので、その時はみんなをあっと言わせてやるのだ!!


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